奇妙な歴史・黒歴史

国王が刺客を送った怪物――ジェヴォーダンの獣、3年の恐怖と「作られた怪物」の正体

奇妙な歴史・黒歴史公開 2026年7月31日更新 2026年9月19日ザツレコ編集部
国王が刺客を送った怪物――ジェヴォーダンの獣、3年の恐怖と「作られた怪物」の正体

18世紀フランスを3年間恐怖に陥れた「ジェヴォーダンの獣」。犠牲者は約100人、国王ルイ15世が懸賞金と刺客を送り込んだ、ヨーロッパ史上もっとも有名な怪物。狼の群れか、狼男か、人間の関与か。事実・証言・諸説を分けて「作られた怪物」の正体に迫る。

狼男か、悪魔か、それとも――。18世紀のフランス南部を、まる3年にわたって恐怖のどん底に叩き込んだ怪物がいる。その名は「ジェヴォーダンの獣(La Bête du Gévaudan)」。犠牲者は約100人、300人という説もある。時の国王ルイ15世までが動き、莫大な懸賞金をかけ、自分の腕利きの銃師を刺客として送り込んだ。銀の弾丸で撃ち殺されたという伝説まで残る、ヨーロッパ史上もっとも有名なモンスターだ。だが、この獣にはもうひとつの顔がある。冷静に当時の記録を並べていくと、一頭の「怪物」が生まれ、育ち、伝説になっていく過程そのものが見えてくるのだ。今日は、事実と証言と諸説を丁寧に分けながら、この「作られた怪物」の一部始終を追いかけていく。あっても無くても人生に影響しない、極上のムダ知識だ。

1764年、最初の犠牲者

まずは事実として確認できるところから始めよう。舞台はフランス中南部、ジェヴォーダン地方。現在のロゼール県を中心とした、山がちで貧しく、羊や牛を放し飼いにする農村地帯だ。最初の確かな犠牲者の記録は、1764年6月30日にさかのぼる。ジャンヌ・ブーレ(Jeanne Boulet)という14歳の羊飼いの少女が、群れの番をしていて命を落とした。ここから3年間、ジェヴォーダンの村々を「何か」が徘徊し、次々と人を襲っていく。公的な記録では、殺されたのは80人あまり、襲われた人まで含めれば230人前後とされる。研究者によって88人から124人と幅があり、当時のうわさでは300人という数字さえ飛び交った。いずれにせよ、田舎の一地方で数十人が野獣に殺されるというのは、尋常な事態ではなかった。しかも犠牲者の多くが、野原で家畜の番をしていた女性や子どもたち。逃げ場のない開けた土地で、丸腰の弱い者が狙われた。この一点が、のちに「ただの狼ではない」という恐怖を膨らませていくことになる。

「獣」の異常な手口と姿

ここからは、生き残った目撃者や被害者たちの証言に基づく話になる。人々が語った獣の姿は、明らかにふつうの狼を超えていた。体は仔牛ほど、あるいは馬ほども大きく、毛は赤みがかった茶色で、背中には一本の黒い筋が走っていたという。頭は不気味に大きく、胸は張り出し、尾は長く力強い。口を開ければ牙がずらりと並び、まるで悪魔のような形相だったと伝えられる。そして手口も異様だった。獣はしばしば犠牲者ののどを引き裂き、時には首を切り落とすように傷つけた。さらに奇妙なことに、殺した相手を必ずしも食べようとしなかったという証言が多い。腹を満たすために襲うのではなく、まるで殺すこと自体が目的であるかのように振る舞った――。ここが、当時の人々の想像力を決定的に刺激した部分だ。獲物を食べるふつうの捕食者ではなく、意志を持って人間を殺す何か。この「食べない殺戮者」というイメージが、狼男や悪魔の使いといった超自然的な解釈を呼び込んでいく。もっとも、これらはあくまで恐怖の渦中で語られた証言であり、どこまでが正確かは慎重に見る必要がある。

国王ルイ15世が刺客を送る

事態は、もはや一地方の問題では済まなくなっていた。1764年から1765年の冬にかけて、獣の噂はパリにまで届き、国全体を騒がせる一大事件へと発展する。ついに国王ルイ15世が介入を決めた。彼は獣の討伐に、庶民の年収に匹敵するほどの莫大な懸賞金をかける。さらに、プロの狼狩り師ドヌヴァル父子を現地へ派遣した。彼らは何十頭もの狼を仕留めたが、それでも襲撃は止まらない。業を煮やした国王は、今度は自分の銃師、つまり側近の狩猟のプロであるフランソワ・アントワーヌ(François Antoine)を送り込んだ。しばしば「アントワーヌ・ド・ボーテルヌ」と誤って伝えられる人物だ。彼は1765年、シャーズ修道院の近くで巨大な灰色の狼を撃ち倒す。「シャーズの狼」と呼ばれたこの獣は、剥製にされ、はるばるヴェルサイユ宮殿へ運ばれて国王に披露された。獣は退治された――アントワーヌは英雄として褒美を受け、事件は一件落着したかに見えた。だが、これで終わらなかったところに、この物語の不気味さがある。

それでも殺戮は止まらず、ジャン・シャステルが現れる

ヴェルサイユで「怪物は死んだ」と宣言されてから数か月後、ジェヴォーダンで再び人が殺され始めた。獣はまだ生きていたのだ。それからさらに1年半のあいだに、30人ほどが犠牲になったとされる。国王のお墨付きで幕引きにしたはずが、恐怖はぶり返した。この状況にとどめを刺したのが、地元の猟師ジャン・シャステル(Jean Chastel)である。1767年6月19日、貴族ダプシェ侯爵が組織した大規模な狩りのさなか、シャステルは大きな獣を撃ち殺した。これ以降、ジェヴォーダンでの襲撃はぴたりと止んだとされる。ここで有名なのが「銀の弾丸」の逸話だ。シャステルは聖別された銀の弾丸を自分で鋳造し、それで獣を倒した。腹を裂くと中から人間の遺体の一部が出てきた――。狼男を銀の弾で仕留めるという、いかにも伝説めいたこの話は、しかし後世に付け足された脚色である可能性が高い。同時代の確かな記録には、銀の弾丸の話は出てこない。事実として残るのは、シャステルが獣を仕留め、殺戮が止まったこと。そして、その死体をめぐる劇的な物語だけが、時代を追うごとに膨らんでいったことだ。

正体は何だったのか

では、あの獣の正体は何だったのか。ここからは検証と諸説の領域になる。もっとも多くの学者が支持する説明は、拍子抜けするほど地味だ。犯人は「複数の大型の狼、あるいは狼の群れ」だった、というものである。18世紀のフランスでは狼はごくありふれた存在で、人を襲って殺す事件も実際に起きていた。丸腰の子どもが一人で家畜の番をする環境は、狼にとって格好の獲物だった。そこに集団パニックが重なり、複数の狼による別々の事件が「一頭の怪物」の仕業として語られていった――というのが、現代の研究者の冷静な見立てだ。もちろん諸説はある。ふつうの狼より大きく見えたことから、狼と犬の雑種だったという説。赤みがかった毛や縞模様の描写から、サーカスなどから逃げ出したハイエナやライオンといった外来の猛獣ではないかという説もある。ただし縞ハイエナは基本的に人を襲わないため、この説には無理がある。さらに刺激的なのが、人間関与説だ。シャステル親子が獣を訓練し、自分たちの殺人を隠すために利用した、という筋書きである。だがこれは決定的な証拠のない仮説にとどまる。250年以上前の人物への憶測であり、事実として語ることはできない。そして狼男や、狼を操る「狼使い(meneur de loups)」といった超自然の解釈は、民間信仰と創作の産物として区別して見るべきものだ。

「作られた怪物」だったのかもしれない

最後に、この事件のいちばん面白い側面を見ておきたい。ジェヴォーダンの獣は、ある意味で「メディアが作った最初の怪物」でもあったのだ。事件が起きた1760年代は、フランスの新聞というメディアがちょうど力を持ち始めた時期だった。七年戦争が終わって戦争のニュースが尽き、新聞は売り上げを落としていた。そこへ現れたのが、この獣である。センセーショナルな見出しにこれほど向いた題材はない。新聞は事件の新展開を逐一報じ、獣に関する記事は100本近く書かれ、話はフランスの国境を越えて広まった。おどろおどろしい獣の姿を描いた版画が刷られ、人々の脳裏に「怪物の顔」を焼き付けていった。国王が介入したことも、皮肉なことに事件を全国区の大スペクタクルへと押し上げた。実際の狼による被害という「核」に、恐怖と、報道と、王の威信と、版画のイメージが幾重にも巻き付いて、ジェヴォーダンの獣という唯一無二のモンスターが形づくられていったのだ。つまりこの怪物は、自然が生んだと同時に、時代が育て上げた存在でもあった。そして、ジェヴォーダンの獣が何だったのか、その最終的な答えは、今も霧の中にある。だが確かなのは、実在の脅威と人間の想像力が出会ったとき、ひとつの伝説がどれほど巨大に育つかということだ。狼という身近な現実が、恐怖と報道と王の権威をまとい、狼男の伝説にまで昇りつめた。真相がおそらく「複数の狼」だったとしても、丸腰で野に立ち、獣に立ち向かった村人たちの恐怖は本物だったし、その物語が250年後の私たちを惹きつける力もまた本物だ。UMAの醍醐味は、正体を追いかける過程そのものにあるのかもしれない。今日も一つ、ムダな知識を、あなたの脳の墓場に。

出典・参考情報

  • [A] Public Domain Review「The Beast of Gévaudan (1764–1767)」(当時の版画・一次資料の集成)
  • [B] HISTORY.com「What Was the Beast of Gévaudan?」(事件の経緯・諸説の整理)
  • [B] National Geographic「Did a 'werewolf' really terrorize France in the 1700s?」(狼説・集団ヒステリー)
  • [B] All That's Interesting「The Mystery Of The Beast Of Gévaudan」(犠牲者・手口・メディア過熱)
  • [B] Historic Mysteries / The Collector「The Beast of Gévaudan」(フランソワ・アントワーヌ/シャステル/諸説)
  • [B] 日本経済新聞「フランス全土が恐怖したジェヴォーダンの獣の真相」(日本語での概要)

信頼度 A=一次/公的、B=定評メディア・専門書、C=個人発信。事実・証言・諸説を区別して記載。本記事は超常現象や未確認生物の実在を断定するものではありません。

この記事は事実と説・伝承を区別して記述しています。

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