宇宙・地球の謎

月の裏側――地球から一度も見えない半球には、何があるのか。最初の29枚の写真から、2026年に4人の宇宙飛行士が見た「閃光」まで完全解説

宇宙・地球の謎公開 2026年10月10日更新 2026年10月13日ザツレコ編集部
月の裏側――地球から一度も見えない半球には、何があるのか。最初の29枚の写真から、2026年に4人の宇宙飛行士が見た「閃光」まで完全解説

月はいつも同じ面を地球に向けていて、裏側は地球から一度も見えません。1959年にルナ3号が撮った最初の29枚、1968年にアポロ8号の3人が肉眼で見た瞬間、表と裏がまるで別の星のように違う理由、嫦娥4号の初着陸と嫦娥6号が持ち帰った1935.3グラムの石、そして2026年にアルテミス2号の4人が記録した5つの閃光まで、月の裏側の謎と発見を完全解説します。

夜空の月は、いつ見ても同じ模様をしています。うさぎの餅つきに見えるあの黒い影は、何千年も前の人々が見上げたものとまったく同じです。つまり私たちは、月の半分を一度も自分の目で見たことがありません。その見えない半球が「月の裏側」です。初めて写真に撮られたのは1959年。人間が肉眼で見たのは1968年のクリスマスイブ。そして2026年10月7日、NASAは、この年の4月に月の裏側を回った4人の宇宙飛行士が、月面に5つの小さな閃光を見ていたと報告しました。表とはまるで別の星のような裏側の姿と、そこで今も続く発見を、順にたどっていきましょう。あっても無くても人生に影響しない、極上のムダ知識をインストールしていこう。

なぜ地球からは、いつも同じ顔しか見えないのか

月は約27.3日で地球のまわりを1周します。そして月自身も、ちょうど同じ約27.3日で1回転しています。公転と自転の周期がぴったりそろっているので、月はいつも同じ面を地球に向けたまま回り続けることになります。これを「潮汐固定」、または「同期自転」と呼びます。

こうなったのは偶然ではありません。生まれたばかりの月は、もっと速く自転していたと考えられています。ところが地球の重力が月の体をわずかに引き伸ばし、そのふくらみにブレーキのような力が働き続けた結果、長い時間をかけて自転が遅くなり、今の状態に落ち着きました。

ただし、見えるのはきっちり半分ではありません。月の軌道は少しだけ楕円で、傾いてもいるため、地球からは月がわずかに首を振るように見えます。この揺れを「秤動(ひょうどう)」といい、その分を足すと、地球から見える月面は全体の約59%になります。残りの約41%は、どんなに大きな望遠鏡を使っても、地球からは決して見えない場所なのです。

よく「月の裏側は、ずっと暗い」と言われますが、これは誤解です。英語では「ダークサイド」と呼ばれることもありますが、ここでのダークは「知られていない」という意味に近い言葉です。裏側にも、表側と同じように昼と夜がやってきます。むしろ地球から見て新月のとき、つまり表側が夜を迎えているとき、裏側には太陽の光がいっぱいに当たっています。

1959年10月、ソ連の無人機が撮った最初の29枚

人類が初めて月の裏側を見たのは、カメラを通してでした。1959年10月4日、ソ連は無人探査機ルナ3号を打ち上げます。世界初の人工衛星スプートニクの、ちょうど2年後の同じ日でした。ルナ3号は月の裏側へ回り込み、10月7日、月面から約6万3500キロから6万6700キロの距離で、およそ40分のあいだに29枚の写真を撮影しました。

ここからの仕組みが驚きです。写真はフィルムで撮られ、探査機の中で現像され、定着され、乾かされました。そのフィルムに光の点を走らせて濃淡を電気の信号に変え、ファクスのように地球へ送ったのです。受信したのはクリミア半島とカムチャツカ半島の地上局でした。粗い画像ながら、裏側の約70%が初めて人類の前に姿を現しました。

写っていたのは、表側とはまったく違う顔でした。表側に広がる黒い「海」がほとんどなく、明るい高地が一面に続いていたのです。数少ない黒い部分の一つは「モスクワの海」と名づけられ、ロケット研究の父ツィオルコフスキーの名を冠したクレーターも生まれました。ソ連科学アカデミーは翌1960年11月、500の地形を載せた、初めての月の裏側の地図帳を出版しています。

人間が初めて見たのは、1968年のクリスマスイブ

自分の目で月の裏側を見た最初の人間は、アメリカのアポロ8号の3人です。フランク・ボーマン、ジム・ラヴェル、ビル・アンダースの3人は、1968年12月24日、人類で初めて月を回る軌道に入りました。

月の裏側に回り込むと、宇宙船と地球のあいだを月そのものがふさぐため、無線がまったく届かなくなります。管制室は、宇宙船が予定どおりの時刻に月の陰から出てくるのを、ただ待つしかありませんでした。月の軌道に入るためのエンジン噴射がうまくいったかどうかも、裏側から出てきて電波が戻るまで、地上の誰にもわからなかったのです。そしてこの飛行で、3人は月の地平線から昇る地球を撮影しました。のちに「地球の出」と呼ばれる有名な写真です。

翌1969年のアポロ11号では、2人が月面に降りているあいだ、マイケル・コリンズが一人で司令船に残りました。月の裏側を通るたびに、彼は地球とも仲間とも交信できない状態に置かれます。コリンズはのちに、その時間を恐怖や孤独ではなく、むしろ満ち足りた静けさとして振り返っています。

表と裏は、まるで別の星

表側と裏側で、なぜ見た目がこれほど違うのでしょうか。表側の黒い「海」は、地下からあふれ出た溶岩が固まった平原です。表側では、この海が面積の3割ほどを占めていますが、裏側ではほんのわずかしかありません。代わりに裏側は、大小のクレーターがびっしりと重なり合う、でこぼこの高地に覆われています。

NASAの月探査機ルナー・リコネサンス・オービターが、2009年から2011年にかけて撮影した1万5000枚以上の画像をつなぎ合わせると、その差ははっきりと見えます。有力な説明は、裏側の地殻のほうが厚いというものです。厚い地殻にふさがれて、内部の溶けた岩が表面まで上がってきにくかった。そのため、溶岩の平原が育たなかったと考えられています。ただし、そもそもなぜ地殻の厚さに差ができたのかは、まだ決着していません。

裏側にはもう一つ、巨大な傷跡があります。南極エイトケン盆地です。差し渡しは約2500キロ。月の直径の7割を超える、太陽系でも最大級の衝突の跡です。この巨大な衝突で月の深い部分がえぐり出されているかもしれないため、月の内部を知る手がかりが眠る場所として、科学者たちの注目を集めてきました。

初めての着陸と、持ち帰った約1.9キロの石

長いあいだ、月の裏側に着陸した探査機はありませんでした。月の陰に入ると、地球と直接交信できないからです。この壁を越えたのが中国でした。2018年5月、中国はまず中継衛星「鵲橋(じゃっきょう)」を打ち上げ、月の向こう側の宇宙空間に置きます。そのうえで探査機「嫦娥(じょうが)4号」が、2019年1月3日、南極エイトケン盆地の中にあるフォン・カルマン・クレーターに着陸しました。月の裏側への着陸は、これが人類初です。

嫦娥4号の着陸機では、持ち込んだ綿の種が芽を出したことも話題になりました。ただし、氷点下50度を下回る月の夜を越えられず、この実験は9日ほどで終わっています。

続く「嫦娥6号」は、2024年6月、同じ南極エイトケン盆地に着陸し、岩石や砂を採取して、6月25日に地球へ戻りました。持ち帰った量は1935.3グラム。月の裏側の試料が地球に届いたのは、これが初めてです。

分析の結果は、2025年に科学誌ネイチャーで次々に発表されました。裏側の地下深く、マントルに含まれる水の量は、1グラムあたり1から1.5マイクログラムと見積もられ、表側の試料と比べて乾いた側に入ることがわかりました。さらに裏側では、約42億年前と約28億年前の2度にわたって火山が噴き出していたことも示されています。表と裏の違いは、見た目だけでなく、月の中身にまで及んでいたのです。

2026年、4人の宇宙飛行士が見た5つの閃光

そして2026年4月、半世紀以上の時を経て、人間がふたたび月の裏側を回りました。NASAのアルテミス2号です。リード・ワイズマン、ビクター・グローバー、クリスティーナ・コック、そしてカナダ宇宙庁のジェレミー・ハンセンの4人は、4月6日に月の裏側を通過し、地球からおよそ40万6800キロという、人類が到達した最も遠い距離の記録を打ち立てました。それまでの記録は、1970年のアポロ13号のものです。

このとき、宇宙船から見て月が太陽を隠す、いわば宇宙での日食が起きました。暗くなった月面を見つめていた4人は、小さな光がぱっと灯るのを目にします。隕石がぶつかった瞬間の閃光と考えられるものです。2026年10月7日、NASAは初期の科学報告を公表し、複数の乗組員が同時に見たものを中心に、5つの閃光を正式に記録したと発表しました。あわせて800ギガバイトを超える観測データと、1万を超える画像や動画も公開されています。ただし、閃光の明るさや、ぶつかった石の大きさは、これからの分析を待つ段階です。

月の裏側には宇宙人の基地がある、という噂もたびたび語られてきました。2007年に動画サイトに出回った「アポロ20号が裏側で宇宙船を見つけた」という映像は、その代表例です。しかし、アポロ20号は予算の削減で中止され、一度も飛んでいません。映像は作り話で、のちにフランスの映像作家が自分で作ったと認めたとされています。地球から見えないという事実そのものが、人々の想像をかき立ててきたのでしょう。

実際の裏側は、別の意味で特別な場所です。月そのものが盾になって、地球から出る電波がほとんど届かない、とびきり静かな場所なのです。NASAは、宇宙の始まりのころのかすかな電波を聞くための電波望遠鏡「LuSEE-Night(ルーシー・ナイト)」を、民間の着陸機で月の裏側に降ろす計画を進めています。

まとめ

月は公転と自転の周期がそろっているため、地球にいつも同じ面を向けています。地球から見えるのは月面の約59%で、残りが月の裏側です。裏側は「暗い側」ではなく、表側と同じように昼と夜があります。1959年のルナ3号が初めて写真を撮り、1968年のアポロ8号の3人が初めて肉眼で見ました。裏側は表側に比べて黒い海が少なく、地殻が厚いと考えられています。2019年に嫦娥4号が初めて着陸し、2024年に嫦娥6号が初めて試料を持ち帰ると、裏側のマントルが表側より乾いていることがわかりました。そして2026年、アルテミス2号の4人が5つの閃光を記録しています。見えない半球の謎解きは、まだ始まったばかりです。

出典・参考情報

  • [A] NASA Science「APOD: Lunar Farside」(2026年10月10日)
  • [A] NASA「Artemis II Flight Day 6: Crew Wraps Historic Lunar Flyby」(2026年4月6日)
  • [B] Space.com「Scientists jump for joy over Artemis II moon science results」(2026年10月8日)
  • [B] The Daily Galaxy「NASA Just Released 800 GB of Artemis II Moon Data」(2026年10月8日)
  • [B] NewSpace Economy「What Does the Artemis II Science Report Reveal About Lunar Observations?」(2026年10月8日)
  • [A] 中国科学院「嫦娥6号の月の裏側試料の研究成果」(2025年7月)
  • [A] Nature「Water abundance in the lunar farside mantle」(He ほか、2025年4月)
  • [A] Nature「Ultra-depleted mantle source of basalts from the South Pole–Aitken basin」(Zhou ほか、2025年7月)
  • [A] NASA NSSDC「Luna 3」画像カタログ
  • [B] Wikipedia「Luna 3」「Chang'e 4」「Blue Ghost Mission 2」(経過・数字の確認)
  • [C] HandWiki「Apollo 20 hoax」(でっちあげの経緯の確認)

信頼度 A=一次/公的、B=定評メディア・専門書、C=個人発信。事実・証言・諸説を区別して記載。

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