人体・医学の怪

不老不死――人類は2200年、死なない方法を探してきた。始皇帝の仙薬、122歳のジャンヌ・カルマン、若返るクラゲ、2026年に人間で始まった「細胞の巻き戻し」まで完全解説

人体・医学の怪公開 2026年10月17日更新 2026年10月24日ザツレコ編集部
不老不死――人類は2200年、死なない方法を探してきた。始皇帝の仙薬、122歳のジャンヌ・カルマン、若返るクラゲ、2026年に人間で始まった「細胞の巻き戻し」まで完全解説

不老不死は人類最古の願い。始皇帝が徐福を東の海へ送った仙薬探し、122歳164日のジャンヌ・カルマン、細胞の分裂回数の限界とテロメア、若返るベニクラゲと推定392歳のサメ、2026年に人間で始まった山中因子による若返り治療と犬の長寿薬まで解説。

「死にたくない」。人類が文字を持つより前から抱いてきた、いちばん古い願いかもしれません。2200年前の中国では皇帝が国の総力を挙げて不老不死の薬を探し、いまはシリコンバレーの投資家が何千億円という資金を「老化の治療」に注ぎ込んでいます。結論から言えば、不死の薬はまだ見つかっていません。ところが2026年、ついに「細胞の時計を巻き戻す」治療が人間の体で試され始めました。始皇帝の仙薬から、122歳まで生きた女性、若返るクラゲ、400歳ともいわれるサメ、そして最新の臨床試験まで。あっても無くても人生に影響しない、極上のムダ知識をインストールしていこう。

始皇帝が海に送り出した数千人

紀元前221年に中国を初めて統一した秦の始皇帝は、晩年になるほど死を恐れるようになりました。紀元前219年、徐福という方士が「東の海に蓬莱・方丈・瀛洲という三つの神山があり、そこには仙人が住んでいます」と申し出ます。司馬遷の『史記』によれば、始皇帝は徐福に数千人の少年少女をつけ、仙人と不死の薬を探す船旅に送り出しました。

徐福は戻りませんでした。のちの記録では、五穀の種と技術者を連れて広い平野にたどり着き、そこで王になったとも書かれています。日本には、佐賀や和歌山の新宮、鹿児島のいちき串木野など、徐福が上陸したという伝説の地がいくつも残っています。ただし、これはあくまで伝承で、徐福が日本に来たことを示す確かな証拠は見つかっていません。

始皇帝本人は、紀元前210年、各地を巡る旅の途中で亡くなりました。49歳でした。宮廷の学者や医師は、水銀を含む薬を「仙薬」として差し出していたとされ、それが死を早めたという説もありますが、確証はありません。中国ではその後も、唐の時代を中心に、錬丹術でつくった丹薬を飲んだ皇帝が次々と体を壊したと伝えられています。不老不死の探求は、最初の大プロジェクトからして、命を縮める方向に働いていたのかもしれません。

人間は何歳まで生きられるのか

記録の上で、いちばん長く生きた人間はフランスのジャンヌ・カルマンです。1875年2月21日にアルルで生まれ、1997年8月4日に亡くなりました。122歳と164日。13歳のころ、親類の画材店に来たゴッホに会ったことがあり、のちに「汚くて、感じの悪い人だった」と振り返っています。

2018年の暮れには、ロシアの研究者が「本当のジャンヌは1934年に亡くなり、娘のイヴォンヌが母になりすましていた」という説を発表して騒ぎになりました。これに対し、フランス国立保健医学研究所のジャン=マリー・ロビーヌたちが戸籍や証言を洗い直して反論し、記録は今も有効とされています。2位は日本の田中カ子さんで、2022年4月19日に119歳107日で亡くなりました。

では人間の寿命には天井があるのでしょうか。2016年、アメリカの研究チームが科学誌ネイチャーに「人間の最大寿命はおよそ115歳で頭打ちになっている」という分析を発表しました。平均寿命は延び続けているのに、最高齢の記録は1990年代から伸びていない、というのが根拠です。ただ、この分析には統計の扱いをめぐる反論が相次ぎ、天井があるのかどうかは今も決着していません。

細胞には「回数券」がある

なぜ人は老いるのか。その手がかりの一つは、1961年にアメリカのレオナード・ヘイフリックが見つけました。人の細胞を培養すると、40回から60回ほど分裂したところで増えるのをやめてしまうのです。細胞には、分裂できる回数に限りがある。これは「ヘイフリック限界」と呼ばれるようになりました。

回数を数えている仕組みの一つが、染色体の端にあるテロメアです。靴ひもの先についた、ほつれ止めのキャップのようなもので、細胞が分裂するたびに少しずつ短くなります。短くなりすぎると、細胞は分裂をやめます。テロメアを伸ばす酵素テロメラーゼを見つけたエリザベス・ブラックバーンとキャロル・グライダーは、ジャック・ショスタクとともに2009年のノーベル生理学・医学賞を受けました。

ならばテロメラーゼを強めれば不老になれるのかというと、話はそう単純ではありません。がん細胞の多くはテロメラーゼが働き続け、際限なく増えます。つまり、細胞の世界ではすでに「不死」が存在していて、それが体にとっては病気そのものなのです。いまでは老化は一つの原因ではなく、遺伝子の傷、たんぱく質の乱れ、エピゲノムの乱れなど、十を超える要素が絡み合って起きると考えられています。

死なない生き物たち

自然界には、人間よりはるかに老いと上手に付き合う生き物がいます。代表がベニクラゲです。大きさは数ミリほど。傷ついたり飢えたりすると、成体のクラゲから、海底に張りつく幼い姿のポリプへ戻り、そこから人生をやり直します。1990年代にイタリアの研究者たちが報告し、日本でも京都大学の久保田信さんが長年飼育して若返りを観察してきました。

2022年、スペインのオビエド大学のチームは、ベニクラゲの遺伝子を近い仲間の種と比べ、DNAの修復や保護にかかわる遺伝子を多く持っていることを報告しました。ただし、ベニクラゲも食べられたり病気になったりすれば死にます。「理屈の上では老いで死なない」というだけで、永遠に生きる個体がいるわけではありません。

長生きの記録を持つのは、北の海にすむニシオンデンザメです。2016年、コペンハーゲン大学のジュリアス・ニールセンたちは、28匹の目のレンズを放射性炭素で年代測定し、いちばん大きな雌が392歳、誤差はプラスマイナス120年と推定しました。雌が大人になるのは150歳前後とみられています。陸では、ハダカデバネズミが30年以上生き、年を取っても死ぬ確率がほとんど上がらないことが知られています。

細胞の時計を巻き戻す

人間の側で流れを変えたのは、日本の山中伸弥さんでした。2006年、四つの遺伝子を働かせるだけで、マウスの皮膚の細胞を、どんな細胞にもなれるiPS細胞に戻せることを示し、2012年にノーベル賞を受けます。細胞の「若さ」は、ある程度は書き換えられる情報だったのです。

ただし、完全に戻すと細胞は自分が何の細胞だったかを忘れ、がんのような塊になる危険があります。そこで2016年、アメリカのソーク研究所のフアン・カルロス・イスピスア・ベルモンテたちは、四つの遺伝子を短い期間だけ繰り返し働かせる「部分的な初期化」を試しました。早く老いる病気のマウスは、寿命が30%延びました。2020年には、ハーバード大学のデビッド・シンクレアたちが、がんにかかわる一つを除いた三つの遺伝子で、マウスの視神経を若返らせ、失われた視力を取り戻させています。

そして2026年6月9日、シンクレアが共同で創業したライフ・バイオサイエンシズが、緑内障などで視神経が傷ついた患者に、この三つの遺伝子を運ぶ治療を初めて投与したと発表しました。目の中に一度注射し、抗生物質を飲んでいる8週間だけ遺伝子が働く仕組みです。10月に報告された初期の結果では、3人のうち2人で視野が改善し、重い副作用は出ていません。ただ、まだ安全性を確かめる最初の段階で、患者は3人だけです。これで若返りが証明されたわけではありません。

犬が先に「長生きの薬」を手にするかもしれない

寿命を延ばす薬として承認に最も近いのは、実は人間ではなく犬向けの薬です。アメリカのロイヤル社が開発するLOY-002は、高齢の犬に毎日飲ませる錠剤で、食事を減らさずにカロリー制限に近い効果を出すことを狙っています。2026年1月、アメリカ食品医薬品局は、この薬の安全性に関する審査の区切りを受け入れたと発表されました。残るのは製造に関する審査です。

並行して、全米72の動物病院で1300匹の犬を集めた試験が続いています。獣医学で最大規模とされる試験で、寿命が少なくとも1年違うかどうかを確かめる設計です。犬は人間よりずっと速く年を取るので、結果も早く出ます。人間の老化の研究にとっても、貴重な手がかりになると期待されています。

それでも、不死にはなれません。たとえ老化を完全に止められたとしても、事故や感染症、災害で人は亡くなります。いま研究者たちが目指しているのは「永遠の命」ではなく、病気に苦しまずに過ごせる時間を延ばすことです。始皇帝が求めた仙薬とは、目指す場所が少し違うのです。

まとめ

2200年前、始皇帝は数千人を海に送り出し、水銀の薬を飲みました。いま人類は、細胞の分裂の回数券や、若返るクラゲの遺伝子を調べ、細胞の時計を巻き戻す治療を、ついに人間の目で試し始めています。ジャンヌ・カルマンの122歳という記録は、30年近く破られていません。不老不死の薬は、まだどこにもありません。けれど「老いは変えられない運命」という前提だけは、静かに揺らぎ始めています。

出典・参考情報

  • [A] 司馬遷『史記』秦始皇本紀・淮南衡山列伝(徐福の渡海、始皇帝の死)
  • [B] nippon.com「徐福伝説」コラム(鹿児島県いちき串木野市の徐福花冠祭・水銀の仙薬)
  • [A] Dong, Milholland, Vijg「Evidence for a limit to human lifespan」Nature 538(2016年10月5日)
  • [B] The Connexion「Jeanne Calment: Why France's oldest person claim still stands」(ロビーヌらの反論・田中カ子の記録)
  • [A] Hayflick, Moorhead「The serial cultivation of human diploid cell strains」Experimental Cell Research(1961年)
  • [A] The Nobel Prize「The Nobel Prize in Physiology or Medicine 2009」(テロメアとテロメラーゼ)
  • [A] Pascual-Torner ほか「Comparative genomics of mortal and immortal cnidarians」PNAS(2022年8月29日)/Phys.org(2022年8月30日)
  • [A] Nielsen ほか「Eye lens radiocarbon reveals centuries of longevity in the Greenland shark」Science 353(2016年8月12日)/Science News(2016年8月11日)
  • [A] Ruby ほか「Naked mole-rat mortality rates defy Gompertzian laws」eLife(2018年)
  • [A] The Nobel Prize「The Nobel Prize in Physiology or Medicine 2012」(山中伸弥)
  • [A] Salk Institute「Turning back time: Salk scientists reverse signs of aging」(2016年12月15日)/Ocampo ほか Cell(2016年)
  • [A] Lu ほか「Reprogramming to recover youthful epigenetic information and restore vision」Nature(2020年12月)
  • [A] Life Biosciences「First Patient Dosed in Phase 1 Trial of ER-100 for Optic Neuropathies」(2026年6月9日)
  • [B] Longevity.Technology「Cellular rejuvenation reaches a human trial」(2026年10月8日)
  • [A] Loyal「FDA Acceptance of Safety Package for Senior Dog Lifespan Extension Drug」(2026年1月13日)/Longevity.Technology(2026年1月14日)
  • [B] Fortune「dog lifespan longevity Loyal drug FDA」(2026年4月11日)

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