古代文明・遺跡の謎

地下都市の根拠が、論文ごと消えた――ギザで本当に見つかっている空洞は二つだけ

古代文明・遺跡の謎公開 2026年9月5日更新 2026年10月1日ザツレコ編集部
地下都市の根拠が、論文ごと消えた――ギザで本当に見つかっている空洞は二つだけ

2025年3月、イタリアの研究チームがギザ第二ピラミッドの地下600メートル以上に巨大な竪穴と都市があると発表し、話は世界中に広がった。技術的な根拠とされた2022年の論文は、重大な手法上の欠陥と統計上の誤りを理由に2026年8月10日付で撤回されている。一方、宇宙線ミューオンによって実際に確認されている未知の空洞は、大空洞と北面通路の二つだけである。

2025年の春、インターネットは三日ほど本気で沸いた。エジプト・ギザの第二ピラミッドの真下に、深さ600メートルを超える巨大な竪穴が何本も走り、螺旋状の通路が下りていき、その底には都市がある。イタリアの研究チームがそう発表した、という話だった。映像は途方もない回数拡散され、テレビの特番も人気ポッドキャストもこの話を取り上げた。そして、その根拠として何度も引用されたのが、2022年に学術誌に掲載された一本の論文である。ところが2026年8月10日、その論文は正式に取り消された。世界が信じかけた地下都市が、どう生まれ、どう消えたのか。あっても無くても人生に影響しない、極上のムダ知識をインストールしていこう。

世界が三日で信じた地下都市

話が動き出したのは2025年3月、イタリアで開かれた一つの記者向け説明会だった。登壇したのはピサ大学のコッラード・マランガ、レーダー技術者のフィリッポ・ビオンディ、そして研究者のアルマンド・メイという三人。彼らは人工衛星のレーダーで第二ピラミッド、つまりカフラー王のピラミッドの内部と地下を「透視」したと述べ、そこに直立した巨大な円筒状の竪穴が何本も存在し、その内側を螺旋状の通路が下っていると説明した。

数字が強烈だった。構造物は地下600メートル以上に広がり、水路のような管が走り、全体は1キロ以上の規模になる。チームの一人はこう語ったと伝えられている。将来この画像を拡大していけば、その下にあるのは「真の地下都市」としか呼びようのないものだと明らかになるだろう。エドガー・ケイシーが20世紀前半に語った、スフィンクスの下に眠るという「記録の間」の伝説を重ねる人も現れた。

ここで一つだけ、先に確認しておきたい事実がある。この2025年の発表は、査読つきの学術誌に載ったものではない。イタリアでの説明会と、そこから配布された資料と映像がすべてだった。それでも話は三日ほどで世界を一周した。

根拠になったのは2022年の一本の論文

チームが自分たちの技術的な裏づけとして示していたのが、2022年10月に学術誌リモートセンシングに掲載された論文だった。著者はビオンディとマランガの二人。題名を訳せば「合成開口レーダー・ドップラートモグラフィによる、ギザの大ピラミッドの未発見の内部構造の高解像度な解明」という、いかにも重たいものになる。

論文の主張はこうだ。イタリアの地球観測衛星コスモ・スカイメッドが撮る合成開口レーダー、いわゆるSARの画像には、地球の常時微動によって石材が起こしているごく微細な振動が写り込んでいる。その振動のずれをドップラー解析にかければ、外から見えない内部の構造を三次元で復元できる。要するに、宇宙から地面の揺れを聴いて、建物の中身を描き出せるという話である。

専門用語が並び、実在する衛星の名前が出て、査読誌の巻号がつく。門外漢にとって、これは信用に足る材料に見えた。ただし押さえておくべきなのは、2022年の論文が扱っていたのは大ピラミッドの内部であって、2025年に語られた「地下600メートルの都市」ではない、という点である。発表は論文の主張よりもはるか遠くまで走っていた。

衛星のレーダーは石を透過しない

この論文には、発表当初から強い異論があった。もっとも根本的な指摘は、装置の物理的な限界に関わるものだ。デンバー大学の名誉教授で、考古学におけるレーダー探査の専門家であるローレンス・コニヤーズは、合成開口レーダーがピラミッドを貫通し、内部構造に当たって跳ね返り、ふたたび衛星のセンサーまで戻ってくることは物理的に不可能だ、と述べている。

衛星SARが使う電波の波長は数センチほどで、乾いた砂ならわずかに潜り込むことはあっても、何十メートルもの石灰岩を突き抜けて往復するようなエネルギーは、そもそも持っていない。人工衛星の考古学利用で知られるサラ・パーキャクは、より辛辣にこう言っている。十分に加工すれば、衛星画像はほとんど好きなように見せられる、と。

エジプト側の反応も明確だった。元考古大臣で、ギザの発掘を長く指揮してきたザヒ・ハワスは、2025年の主張について「完全に間違っている」とし、科学的な根拠を欠くと断じた。ここで重要なのは、批判の中身が「都合の悪い事実を隠している」ではなく、「その道具ではそれを見ることができない」という一点だったことである。

四年後に届いた撤回通知

転機は、ある読者が編集部に手法上の疑義を申し立てたことだった。学術誌リモートセンシングの編集部と編集委員会が調査に入り、編集長の承認のもとで結論が出た。2026年8月10日、この論文は撤回された。撤回告知に記された理由は簡潔である。論文の科学的結論を損なうと判断される、重大な手法上の欠陥と統計上の誤りが確認された。

告知にはもう一行、こうも書かれている。著者らはこの決定を知らされ、これに同意しない旨を示した。つまり撤回は、著者の申し出ではなく編集側の判断で行われた。この件を報じた専門メディアのリトラクション・ウォッチによれば、二人はいずれも取材に応じなかった。論文は撤回までの四年ほどで七件ほど引用されていた。

誤解されがちだが、撤回は論文を消すことではない。撤回された論文は「撤回済み」の印を押されたまま公開され続ける。何が主張され、なぜ取り下げられたのかが誰にでも追えるようにしておくためだ。科学が自分の間違いを処理するときの、いささか地味な作法である。そして念のためにもう一度書いておくと、2025年に世界を回った「地下都市」の主張は、この撤回された論文にすら書かれていない。

本当に見つかっている空洞は二つだけ

では、ギザのピラミッドの内部で本当に見つかっている未知の空間はあるのか。ある。ただし規模はまったく違う。カイロ大学とフランスのHIP研究所が中心となった国際プロジェクト、スキャンピラミッズが、宇宙線ミューオンを使ったミュオグラフィで二つを検出している。ミューオンは宇宙線が大気に当たって生まれる粒子で、石を通り抜ける量が空洞の有無で変わる。その差を数えれば、掘らずに中身が読める。

一つ目が2017年11月2日にネイチャーで公表された大空洞だ。大回廊の上に位置し、長さは少なくとも30メートル、断面は大回廊に似た大きさとされる。名古屋大学の原子核乾板、高エネルギー加速器研究機構のシンチレータ、フランス原子力庁のガス検出器という、原理の異なる三つの装置が独立に同じ場所を捉えた。だから存在そのものは堅い。ただし正確な形や傾きは今も確定していない。

二つ目が2023年3月2日にネイチャー・コミュニケーションズで公表された北面通路である。北側の本来の入口の上、山形に積まれた石材の裏側にあり、長さは約9メートル、断面はおよそ2メートル四方。地上から17から23メートルの高さ、北面からわずか0.7から2メートルという浅さにある。こちらは地中レーダーと超音波トモグラフィと電気抵抗トモグラフィでも裏づけられ、石の継ぎ目から差し込んだ直径6ミリの内視鏡が内部を実際に撮影した。2025年11月には電気抵抗トモグラフィによる追試がサイエンティフィック・リポーツに出ている。30メートルと9メートル。それが、人類が現時点で確認できている「未知の空間」のすべてである。

なぜこの話はこうも速く広まったのか

この話がここまで速く走った理由は、たぶん三つある。一つ目は、受け皿が先にあったこと。スフィンクスの下に古代の記録が眠っているという物語は、20世紀前半にエドガー・ケイシーが語って以来、繰り返し語り直されてきた。人は空白から物語を作るのが苦手で、すでにある物語に新しい証拠を差し込むのは得意である。

二つ目は、主張が科学の語彙をまとって届いたこと。実在する衛星の名前があり、トモグラフィという専門用語があり、査読誌に載った論文の書誌情報がある。多くの人にとって、引用は内容の検証ではなく信頼のバッジとして働く。しかも三次元の想像図は、慎重な留保よりもはるかに記憶に残る。

三つ目は、経路である。説明会からSNSへ、SNSからテレビへ、テレビからポッドキャストへ。2026年8月にはアメリカのテレビ番組でも取り上げられ、人気ポッドキャストでも語られた。どの段階でも査読は挟まらないまま、しかし段を上がるたびに話は「もう認められたこと」の顔をしていく。一方で撤回のニュースは、四年待った上に、最初の熱狂のごく一部の音量でしか流れなかった。主張と訂正のあいだにあるこの速度差こそが、たぶんこの話でいちばん厄介な部分だ。

まとめ

整理しよう。ギザの地下に600メートルの都市があるという2025年の主張は、査読を経たことが一度もない。その技術的な後ろ盾とされた2022年の論文は、重大な手法上の欠陥と統計上の誤りを理由に、2026年8月10日付で撤回された。著者たちは同意していないが、判断を下したのは編集委員会である。一方で、宇宙線ミューオンによって確認された空洞は確かに存在する。長さ30メートルの大空洞と、長さ9メートルの北面通路。その二つだ。これは「ギザにはもう何も残っていない」という話ではない。むしろ逆で、本物の未知はちゃんとそこにある。ただ、それは地下600メートルではなく、地表から2メートルの深さに、内視鏡で覗ける大きさで存在していた。派手な主張が消えたあとに残るのは、たいていそういう地味な事実のほうである。

出典・参考情報

  • [A] Remote Sensing(MDPI)「RETRACTED: Synthetic Aperture Radar Doppler Tomography Reveals Details of Undiscovered High-Resolution Internal Structure of the Great Pyramid of Giza 撤回告知」(2026年8月10日)
  • [A] Nature「Discovery of a big void in Khufu's Pyramid by observation of cosmic-ray muons」(2017年11月2日)
  • [A] Nature Communications「Precise characterization of a corridor-shaped structure in Khufu's Pyramid by observation of cosmic-ray muons」(2023年3月2日)
  • [A] Scientific Reports「Investigation of the North Face Corridor in the Great Pyramid of Giza using Electrical Resistivity Tomography」(2025年11月21日)
  • [B] Retraction Watch「Journal retracts paper claiming network of corridors inside the Great Pyramid of Giza」(2026年8月31日)
  • [B] Arkeonews「Great Pyramid Radar Study Retracted, but the Pyramid's Hidden Voids Haven't Gone Away」(2026年9月2日)
  • [B] The Express Tribune ほか「Experts dismiss viral claims of underground city beneath Giza pyramids」(2025年3月)

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