未解決事件には、時間とともに少しずつ忘れられていくものと、何十年経っても捜査員の心に重くのしかかり続けるものがあります。今日お話しする「黄金州の殺人鬼」、ゴールデン・ステート・キラーは、まさに後者でした。1970年代から80年代にかけて、アメリカ・カリフォルニア州の広い地域を恐怖に陥れながら、その正体は40年以上ものあいだ、まったく分からなかったのです。この記事は、事件の猟奇性を面白おかしく語るためのものではありません。「こうした事件が確かにあった」という事実を、捜査技術の進歩と、私たちの社会が向き合うべき課題の記録として、確定した情報だけをもとに整理していきます。

どんな事件だったのか
「黄金州の殺人鬼」とは、1974年から1986年にかけて、カリフォルニア州の広い範囲で凶悪な犯罪を繰り返した、当時は正体不明だった人物につけられた呼び名です。報道や司法の記録によれば、その被害は、少なくとも13件の殺人、およそ50件の性的暴行、そして120件を超える住居侵入に及ぶとされています。
被害に遭われた方々と、ご遺族の尊厳に配慮し、この記事では、個々の残虐な手口には立ち入りません。ここで心に留めておきたいのは、長い期間にわたって、広い地域で、これほど多くの人々が被害に遭ったにもかかわらず、犯人が誰なのか特定できない状態が、何十年も続いてしまった、という事実です。被害者にとっても、その家族にとっても、それは終わりの見えない、あまりにも長い時間でした。

いくつもの「別名」で呼ばれていた理由
興味深いのは、この人物が、長いあいだ「同一犯」だと気づかれていなかった、という点です。犯行は当初、地域ごと、手口ごとに、まったく別の事件として扱われていました。そのため、「ヴィセイリア・ランサッカー」「イースト・エリア・レイピスト」「オリジナル・ナイト・ストーカー」といった、複数の異なる通称で呼ばれていたのです。
これらがひとりの人物による、一連の事件だったと結びつけられていくのは、ずっと後年、DNA鑑定などの技術が進んでからのことでした。広い地域でいくつもの別名がついてしまったこと自体が、当時の捜査当局にとって、「これは同じ犯人だ」とたどり着くのが、いかに難しかったかを物語っています。長く未解決だった背景には、そもそも当時、離れた場所で起きた事件同士を結びつける、決定的な科学的手段がほとんどなかった、という事情があったのです。
そもそも「黄金州の殺人鬼」という呼び名自体、犯人が捕まるよりずっと前、2013年に犯罪ノンフィクション作家が、それまでバラバラだった事件群をひとつに束ねるために提案したものでした。カリフォルニアの愛称「ゴールデン・ステート」から取られたこの名前は、別々の通称で語られてきた一連の事件を、ようやく「ひとつの大きな未解決事件」として社会に認識させる役割を果たしました。名前がつくことで、忘れられかけていた事件に、もう一度光が当たったのです。

40年の沈黙を破った「DNA系図捜査」
長く動かなかった事件に、大きな転機が訪れたのは2018年でした。捜査当局が用いたのは、それまでになかった、まったく新しい手法です。
彼らは、犯行現場に残されていたDNAを、ある特殊なデータベースと照合しました。それは、一般の人々が、自分の祖先やルーツを調べるために、自らの遺伝情報を登録する「公開系図データベース」です。ポイントは、容疑者本人のDNAを探したのではない、という点にあります。現場のDNAと部分的に一致する“遠い親戚”をデータベースから見つけ出し、そこから家系図をさかのぼって、年齢や居住地といった条件で候補を絞り込んでいったのです。この手法は「法科学的遺伝子系図学」と呼ばれます。こうして最終的に、元警察官のジョセフ・ジェームズ・ディアンジェロが浮かび上がりました。捜査員は、彼が捨てたゴミからひそかにDNAを採取し、現場のものと一致することを確認。2018年4月、彼は逮捕されました。これは、この新しい手法によって解決された、初めての著名な事件となったのです。そして2020年6月、本人は13件の第一級殺人について有罪を認め、仮釈放のない終身刑を言い渡されました。
この捜査の中心にいたのが、長年この事件を追い続けた一人の捜査官でした。彼は、定年退職を目前にしてもなおこの事件を諦めず、最新の遺伝子系図の手法に最後の望みを託しました。何十年も前の現場資料から得たわずかなDNAを手がかりに、専門家チームと協力して、気の遠くなるような家系図の照合作業を地道に進めていったのです。逮捕の知らせが届いたとき、長く事件に関わってきた捜査関係者や、被害者の家族が涙したと伝えられています。技術の進歩の裏には、決して諦めなかった人々の、長い執念があったことも、忘れてはならない事実です。

教訓──「時効なき正義」と、新たな宿題
この事件が私たちに残した教訓は、大きく二つあります。一つめは、希望の話です。「未解決事件、いわゆるコールドケースは、もう永遠に解けないとは限らない」ということ。DNA系図捜査が登場して以降、長年眠っていた事件で、150件を超える容疑者が新たに特定されたと報じられています。これは、被害者とご遺族にとって、「時間が経っても、正義は決して諦められていない」という、大きな希望の道が開かれたことを意味します。
しかし二つめは、私たち全員に関わる、新しい課題です。それは、プライバシーの問題です。考えてみてください。自分のルーツを知りたい、という純粋な気持ちで系図サイトにDNAを預けた人の情報が、本人のまったく知らないところで、“親戚”の犯罪捜査に使われ得る、ということです。凶悪犯を捕まえるという、計り知れないほど大きな利益。その一方で、遺伝情報という、これ以上ないほど個人的なデータが、どこまで使われてよいのか。私たちは、この二つのあいだで、どうバランスを取るべきなのか──黄金州の殺人鬼事件は、その重い宿題を、社会全体に静かに突きつけたのです。
まとめ
「黄金州の殺人鬼」事件は、長いあいだ解けなかった凶悪事件が、科学技術の進歩によって、40年越しに決着した、象徴的なケースです。同時にそれは、「遺伝情報を、どこまで捜査に使ってよいのか」という、きわめて現代的な議論を生むきっかけにもなりました。
この事件を、猟奇的な興味の対象としてではなく、「確かに被害に遭った人々がいた」という事実、「捜査がどのように進歩してきたか」という記録、そして「私たち自身のデータが、これからどう使われ得るのか」という問いとして、心に留めておきたいと思います。それこそが、過去の悲しい事件を、未来のための教訓へと変えていく、ただひとつの方法だからです。
出典・参考情報
- [A] BBC News「Golden State Killer suspect traced using genealogy websites」
- [A] ABC News「The Golden State Killer: Inside the timeline of crimes」
- [A] NBC News「Records show DNA from a tissue led to Golden State Killer suspect arrest」
信頼度 A=大手通信社・公的報道。被害件数・逮捕(2018年4月)・有罪答弁(2020年6月)は確定情報に基づく。本記事は事実の記録と社会的教訓を目的とし、残虐描写・被害のエンタメ化を避けている。






