宇宙・地球の謎

「地球の極には穴が開いている」――与太話が本物の南極探検隊を生んだ、地球空洞説200年

宇宙・地球の謎公開 2026年8月14日更新 2026年10月13日ザツレコ編集部
「地球の極には穴が開いている」――与太話が本物の南極探検隊を生んだ、地球空洞説200年

1818年、アメリカの退役軍人が数百通の手紙を大学と議会にばらまきました。「地球は空洞で、内側にも人が住める。北極と南極には巨大な穴が開いている」。全米が笑いました。ところがこの与太話は、20年後、本物の南極探検隊を海に送り出すことになります。地球空洞説という、科学と妄想がひと続きになった二百年の話です。

天文学者ハレーが、真顔で唱えた入れ子の地球

まず押さえておきたいのは、地球空洞説の出発点が、オカルトではなく当時の最先端の科学だったという事実です。

1692年。エドモンド・ハレー(Edmond Halley)が、王立協会に一本の論文を出します。ハレーというのは、あのハレー彗星に名前を残した、正真正銘の一流天文学者です。彼が悩んでいたのは、地磁気の問題でした。

当時、方位磁石の指す北——磁北——が、年々じわじわ移動していることが分かってきていました。地球が一つの固い磁石だとすると、磁極が動く理由が説明できない。そこでハレーはこう考えます。地球は入れ子構造になっているのではないか。外側の厚さおよそ500マイルの殻の内側に、金星ほどの球、火星ほどの球、水星ほどの球が、それぞれ独立した磁極を持って、それぞれ違う速さで回っている。それぞれの磁場が重なり合ってずれるから、磁北が動いて見えるのだ、と。

これは当時としては、かなり筋の通った仮説でした。しかもハレーは、殻と殻のあいだには大気があり、光る何かがあり、住民がいてもおかしくない、とまで書いています。オーロラは、内部の発光ガスが極の薄い地殻から漏れ出したものだ、という説明までつけました。

ちなみに「18世紀にレオンハルト・オイラーも、内部に小さな太陽がある空洞地球を唱えた」という話が長く語られてきました。ただしこれは、オイラー研究者が著作を精査しても該当する記述が見つからず、19世紀に広まった誤った帰属だと考えられています。シムズの同時代人が「オイラーも言っていた」と信じて書き、それが引き写されていった。この説の性格をよく表す一件です。この時点では、地球空洞説は「まだ誰も地球の中を見たことがない時代の、まっとうな仮説の一つ」でした。問題は、この仮説が科学から追い出されたあとも、一人歩きを始めたことです。

極に穴があると、数百通の手紙を送りつけた男

1818年4月10日。ジョン・クリーヴス・シムズ・ジュニア(John Cleves Symmes, Jr.)という米陸軍の退役大尉が、一枚の文書を印刷して各地に発送しました。歴史上「サーキュラー第1号(Circular No. 1)」と呼ばれる紙です。

文面は簡潔でした。要旨はこうです。「私は、地球が空洞であり、内部は居住可能であり、いくつもの同心球を含み、両極において12度ないし16度ほど開いていることを宣言する。この真理に、私は生命を捧げる。世界が私を支援し、この事業を助けることを求める」。

そして末尾に、彼は自分の署名と住所を添え、正気であることの証明として、地元の名士の推薦状まで付けました。この紙を、彼はアメリカ中の大学、学会、新聞社、そして連邦議会議員に、数百通単位でばらまきます。

反応は、ほぼ全面的な嘲笑でした。「シムズの穴(Symmes Hole)」という言葉が、アメリカ英語の言い回しになったほどです。荒唐無稽な話を指して「シムズの穴に落ちろ」とやる。彼が生涯で受け取った評価は、おおむねそれでした。

ただ、シムズは折れませんでした。1820年代を通じて、彼は馬車で全米を回り、講演を続けます。手作りの木製の地球模型——極に大穴が開いた入れ子の球——を持ち歩き、町の集会所で聴衆に見せた。生活は困窮し、健康を損ない、1829年5月に亡くなります。48歳でした。オハイオ州ハミルトンの墓には、遺族が建てた石碑があり、その上には、極に穴の開いた石の球が乗っています。今も現地に残っています。

与太話が、本物の南極探検隊を生んだ

ここからが、この話のいちばん面白いところです。

シムズの講演を聞いて熱狂した若者に、ジェレマイア・レイノルズ(Jeremiah N. Reynolds)という新聞編集者がいました。彼はシムズの伝道師として一緒に巡業を始めますが、途中で袂を分かちます。地下の太陽だの内部の文明だのという部分は信じられなくなった。しかし、「南極海へ探検隊を出すべきだ」という主張の部分だけは、正しいと考えた。

レイノルズは方向転換します。空洞説を切り捨て、代わりに「アメリカは太平洋と南極海の科学調査と海図作成に、国として乗り出すべきだ」と議会にロビー活動を始めた。捕鯨とアザラシ漁で儲けていた業界も味方につきました。十年以上かけた粘りの末、予算が通ります。

そして1838年、アメリカ合衆国探検遠征隊(United States Exploring Expedition)が出航しました。艦6隻、隊員およそ350人。4年かけて太平洋を回り、南極大陸の沿岸を1500マイル以上にわたって測量し、南極が島の集まりではなく一つの大陸であることを示す証拠を持ち帰ります。持ち帰った標本は数万点にのぼり、これがのちのスミソニアン協会のコレクションの中核になりました。

つまり、スミソニアンの収蔵品の出発点をたどっていくと、「地球の極には穴が開いている」と信じた退役大尉の講演会に行き着く、ということです。間違った理由から、正しい遠征が生まれた。科学史には、たまにこういうねじれた話があります。

なお、レイノルズは南洋で聞き集めた「モカ・ディック」という白い巨大クジラの話を1839年に発表しており、これがハーマン・メルヴィルの『白鯨』の下敷きの一つになったとされています。この与太話は、ずいぶん遠くまで枝を伸ばしました。

氷の下にナチスがいる、という戦後の作り話

20世紀に入り、空洞説は科学の側から完全に退場します。代わりに引き取ったのは、陰謀論とオカルトでした。

よく語られるのが「ナチスは南極の地下に秘密基地を作った」という話です。事実関係を整理しておきます。

確認できる事実はこうです。1938年から1939年にかけて、ドイツはアルフレート・リッチャー指揮のもと、南極探検隊を派遣しました。目的は主に経済的なもので、捕鯨基地の候補地の確保です。当時のドイツは工業用・食用の油脂を輸入に頼っており、鯨油の自給が課題でした。隊は2機の飛行艇で飛び、写真測量でおよそ35万平方キロを地図化しました。鉤十字を刻んだ金属標を投下して領有を主張しましたが、この投下数は資料によって十数本から千本超まで大きく食い違っており、確定していません。この一帯が「ノイシュヴァーベンラント(新シュヴァーベン)」と名づけられました。

事実はここまでです。この探検隊は内陸に人を降ろしておらず、何も建てていません。「第211基地」という秘密基地は、戦後に生まれた創作です。その最初期の火種は、1947年にハンガリー出身の亡命者ラディスラス・サボが出版した「ヒトラーは南極へ逃れた」という趣旨の本だとされています。

これに油を注いだのが、1946年から1947年にかけてアメリカ海軍が行った「ハイジャンプ作戦(Operation Highjump)」です。艦13隻、人員約4700名。リチャード・バード少将が総責任者を務めました(艦隊の実戦指揮はリチャード・クルーゼン少将)。規模が大きく、しかも予定より早く切り上げたため、「ナチスの基地と交戦して敗退した」という尾ひれが後付けされます。実際の目的は、寒冷地における軍の訓練と、南極での基地設営能力の検証でした。

さらに有名なのが「バード提督の秘密日記」です。1947年2月、彼が北極上空を飛び、極の向こうにマンモスの歩く緑の大地と地底文明を見た、という内容の文書。これは偽書と見るのが妥当です。理由は単純で、1947年2月のバードは、地球の反対側の南極で4700人規模の作戦の渦中にいました。北極にいられるわけがありません。この文書が書籍として世に出たのは1990年で、それ以前にさかのぼる原本の記録はありません。バード本人の著書や講演にも、空洞説の記述は一つもありません。

そしてもう一つの定番、「衛星写真に極の穴が写っている」という主張。これは1968年のESSA-7などの気象衛星の合成画像を根拠にしています。種明かしは地味です。極軌道の衛星は地球を何周もしながら帯状に撮影し、それをつなぎ合わせて一枚の円形画像にします。撮影は太陽光のある側で行われますが、極は冬のあいだ何か月も太陽が昇りません。光が当たらない部分は、当然まっ黒に写る。つなぎ合わせの処理と、極夜。その合わせ技です。穴ではなく、夜です。

地球の中身は、地震波でとっくに見えている

では、地球の中身が実際どうなっているのかは、どうやって分かったのか。掘ったわけではありません。人類が掘った最も深い穴——ロシアのコラ半島超深度掘削坑——でも、深さは約12.3キロ。地球の半径はおよそ6371キロですから、リンゴの皮にも届いていません。

答えを出したのは、地震です。

地震が起きると、地球の内部を波が走ります。P波(縦波)は固体でも液体でも進みますが、S波(横波)は液体を通りません。世界中に地震計を置いて、どこにどの波が届き、どこに届かないかを集めると、内部の構造が影絵のように浮かび上がります。

1936年、デンマークの地震学者インゲ・レーマン(Inge Lehmann)が、「P′(ピー・プライム)」という、たった一文字のタイトルの論文を発表しました。それまで、地球の核はまるごと液体だと考えられていました。ところが、本来なら波が届かないはずの「影の領域」に、弱いP波が到達している観測記録がある。レーマンは、核の内側にもう一つ固い球があり、そこで波が跳ね返っていると考えれば説明がつく、と示しました。内核の発見です。彼女の名は、地球内部の不連続面「レーマン不連続面」に残っています。

現在分かっている姿はこうです。地殻、マントル、液体の外核、そして固体の内核。中心の圧力は約360万気圧、温度は太陽の表面に匹敵する5000度から6000度と推定されています。空洞どころか、地球の中身は詰まりすぎているというのが実情です。

理屈のうえでも成立しません。地球ほどの質量を持つ天体が、内部に大きな空洞を保ったまま存在することはできない。自重で潰れます。それに、もし内部が空洞なら、重力の測定値も、地球の慣性モーメントも、月の軌道も、すべて現在の観測とずれてしまいます。

それでも空洞説が消えない理由

これだけ材料が揃っていても、地球空洞説は生き残っています。なぜか。

一つは、検証の当事者になれない話だからです。地球の中を自分で確かめた人は誰もいません。地震波の解析は専門的で、素人が追試できない。「専門家がそう言っている」と「自分で見た」のあいだにある距離が、そのまま疑いの余地として残ります。

もう一つは、この説が持つ物語の強さです。北極の霧の向こうに、誰も知らない大地がある。氷の下に、まだ終わっていない歴史がある。地上のどこにも空白がなくなり、衛星が地表を隈なく撮り終えてしまった世界で、「まだ地図にない場所」を残しておける最後の方角が、下向きだった、ということかもしれません。

そして、シムズの時代から変わらない構図があります。彼のサーキュラーは、権威ある学会に無視され、新聞に嘲笑されました。その「笑われた」という事実そのものが、後世の支持者にとっては信憑性の証拠に読み替えられていきます。真実を語る者は最初は笑われる、という物語の型は、それ自体が正しい場合もまれにあるので、なかなか厄介です。

ただ、ここは分けて考えたほうがよさそうです。シムズの説は間違っていました。それでも彼の情熱は、本物の探検隊を海に出した。説が正しかったかどうかと、その説が何を動かしたかは、別の話として数えられます。

まとめ

数字で締めます。

ハレーの論文、1692年。彼が想定した地殻の厚さ、約500マイル。シムズのサーキュラー第1号、1818年4月10日。彼が主張した極の開口部、12度から16度。彼が回った講演の年月、およそ10年。彼の死、1829年、49歳。

そのシムズを信じた若者が方向転換して実現させた合衆国探検遠征隊、1838年出航。艦6隻、隊員約350人、測量した南極沿岸1500マイル超、持ち帰った標本数万点。行き先はスミソニアン。

一方、レーマンの論文「P′」、1936年。人類が掘った最深記録、約12.3キロ。地球の半径、6371キロ。中心の温度、5000度から6000度。空洞、なし。

地球の中に世界はありませんでした。ただ、地球の中に世界があると信じた男のせいで、南極大陸の海図は少し早く出来上がりました。

あっても無くても人生に影響のないムダ知識、インストール完了です。

出典・参考情報

  • [A] Edmond Halley「An Account of the Cause of the Change of the Variation of the Magnetical Needle」Philosophical Transactions of the Royal Society(1692年)
  • [A] John Cleves Symmes, Jr.「Circular No. 1」(1818年4月10日)
  • [A] Inge Lehmann「P′」Publications du Bureau Central Séismologique International(1936年)
  • [A] Smithsonian Institution Archives「United States Exploring Expedition, 1838-1842」
  • [A] U.S. Navy 公式記録「Operation Highjump(Task Force 68)1946-1947」
  • [B] Peter W. Sinnema「10 April 1818: John Cleves Symmes 'No. 1 Circular'」BRANCH
  • [B] HISTORY「The 19th-Century Push for a 'Hollow Earth' Expedition」
  • [B] The Public Domain Review「Stories of a Hollow Earth」
  • [B] Britannica「Inge Lehmann」/American Physical Society「Seismologist Lehmann Concludes That Earth Has an Inner Core」
  • [B] Cool Antarctica「Antarctic Mysteries: Hitler and the Secret Base」
  • [B] Metabunk「Why Do Some Satellites show a Hole at the Poles?」

信頼度 A=一次/公的、B=定評メディア・専門書、C=個人発信。事実・証言・諸説を区別して記載。

この記事は事実と説・伝承を区別して記述しています。

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