夜中にふと目が覚めたのに、指一本動かせない。声を出そうとしても、のどから音が出てこない。そして胸の上に、誰かが乗っているような重さを感じる。日本で「金縛り」と呼ばれるこの体験は、昔から霊のしわざとして語られてきました。ところが睡眠の研究では、そのしくみがかなりわかっています。日本の大学生を調べた研究では、4割を超える人が「経験がある」と答えました。さらに日本の研究者たちは、実験室の中で、健康な人にわざと金縛りを起こすことにも成功しています。胸の上の「誰か」の正体と、世界中に残る同じ話、そして金縛りに遭ったときにできることまで、順にたどっていきましょう。あっても無くても人生に影響しない、極上のムダ知識をインストールしていこう。

金縛りの正体は、脳だけが先に目を覚ました状態
医学の言葉では、金縛りは「睡眠麻痺」と呼ばれます。眠りに落ちるときや目が覚めるときに、意識ははっきりしているのに、体を動かせなくなる状態のことです。原因の中心にあるのは、夢を見ている眠り、つまりレム睡眠です。
レム睡眠のあいだ、脳はとても活発に働いていて、私たちはありありとした夢を見ます。もしこのとき体が自由に動いたら、夢の中の動きをそのまま布団の中でしてしまいます。そこで脳は、レム睡眠のあいだ、手足や胴体の筋肉の力をほぼ完全に抜いてしまいます。眠っている自分を守るための、いわば安全装置です。
この安全装置のしくみを調べたのが、カナダのトロント大学のパトリシア・ブルックスさんとジョン・ピーバーさんです。2012年に専門誌「ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス」に載った研究で、2人はラットを使い、GABAとグリシンという2種類の物質が、筋肉を動かす神経のスイッチを一緒になって切っていることを突き止めました。
金縛りは、この脱力のスイッチが入ったまま、意識のほうだけが先に起きてしまったときに起こります。体はまだレム睡眠の中にいて、頭は半分目覚めている。動けないのは、霊に押さえつけられているからではなく、脳がまだ「眠っている体」の設定のままだからです。続く時間は、数秒から長くても20分ほどで、平均すると6分くらいだと報告されています。

日本の大学生の4割以上が経験していた
金縛りは、一部の人だけに起きるめずらしい体験ではありません。1987年、福島大学の福田一彦さんたちは、日本の大学生635人を調べ、43.0%が金縛りを経験したことがあると答えたと報告しました。1999年に一般の日本人720人を調べた別の調査でも、33.9%という高い数字が出ています。
では、日本人だけが遭いやすいのでしょうか。2011年、アメリカの心理学者ブライアン・シャープレスさんとジャック・バーバーさんは、世界の35の研究、合わせて3万6533人分のデータをまとめました。その結果、一生のうちに一度でも金縛りを経験する人は、一般の人で7.6%、学生で28.3%、心の病気で治療を受けている人では31.9%でした。学生に多いのは、眠りのリズムが乱れやすいからだと考えられています。
福田さんたちは1998年、日本とカナダの学生を同じ方法で比べています。経験した人の割合は、日本が38.9%、カナダが41.9%で、ほとんど差がありませんでした。つまり金縛りは、日本に特有の現象ではなく、人間の脳に共通して起こるものなのです。違うのは、その体験にどんな名前をつけ、どう説明するかという部分でした。
ちなみに「金縛り」という言葉は、もともと仏教の不動明王の力や、忍術などで相手を動けなくする「金縛りの術」から来たとされています。

胸の上の「誰か」――幻覚には3つの型がある
金縛りがただ動けないだけなら、ここまで怖がられることはなかったはずです。人を震え上がらせるのは、一緒に起こる幻覚のほうです。カナダのウォータールー大学の心理学者アラン・チェインさんは、金縛りの体験談を大量に集めて分析しました。2009年の論文では、1万1385人の回答をもとに、幻覚を大きく3つの型に分けています。
1つ目は「侵入者」の型です。部屋に誰かがいる気配がする、足音が近づいてくる、黒い影が見える、ささやき声が聞こえる。この調査では、気配を感じたと答えた人が、女性で81.3%、男性で75.2%にのぼりました。2つ目は「夢魔」の型です。胸を押しつぶされるような重さ、息ができない苦しさ、このまま死ぬのではないかという恐怖がこれにあたります。3つ目は「体の異常な感覚」の型で、体がふわりと浮く、落ちていく、回転する、さらには自分の体を上から見下ろすような、幽体離脱に似た体験も含まれます。
なぜ、こんな幻覚が見えるのでしょうか。理由の一つは、レム睡眠の夢が、目覚めかけた意識に混ざり込むからです。もう一つは、脳の警報装置です。体が動かないという異常事態に気づいた脳は、危険を探そうとして、何もない暗がりに「何か」を見つけてしまいます。息苦しさも、レム睡眠中の浅く速い呼吸を、意識が「胸を押されている」と受け取るためだと考えられています。

世界中にいる「胸に乗るもの」
胸の上に何者かが座る、という話は、世界の各地に残っています。いちばん有名なのは、スイス生まれの画家ヘンリー・フュースリが1781年に描いた油絵「夢魔」でしょう。眠る女性の胸の上に小さな悪魔がうずくまり、カーテンの奥から馬が顔をのぞかせている絵で、今はアメリカのデトロイト美術館が所蔵しています。英語で悪夢を意味する「ナイトメア」の「メア」は、もともと眠る人を押しつぶす魔物を指す古い言葉でした。
カナダのニューファンドランド島では、この体験を「オールド・ハッグ」、つまり老婆と呼びました。アメリカの民俗学者デビッド・ハフォードさんは、学生だった1963年に、自分自身も金縛りを体験しています。その後この島で聞き取りを重ね、1982年に一冊の本にまとめました。ハフォードさんが注目したのは、言い伝えを一度も聞いたことのない人まで、ほとんど同じ体験を語ったことでした。言い伝えが体験を生んだのではなく、体験のほうが先にあって、それが各地の言い伝えになったのではないか、という考え方です。
エジプトでは、胸に乗るのはジンと呼ばれる精霊だと考えられてきました。イタリアの一部の地方では、パンダフェーケという魔物の名前で呼ばれます。日本の昔話には、眠っている人の枕を動かす「枕返し」という妖怪も出てきます。そして現代のアメリカでは、同じ体験が、宇宙人にさらわれた話として語られることがあります。中身は同じでも、時代と土地によって、乗ってくる者の姿が変わるのです。

実験室で金縛りを起こした、日本の研究
金縛りの研究で、日本はとても大事な役割を果たしてきました。1992年、竹内さんと福田一彦さんたちの研究グループは、睡眠の専門誌「スリープ」に一つの実験を発表しています。それは、健康な人の眠りをわざと途中で断ち切って、金縛りを起こそうという試みでした。
実験に参加したのは16人です。夜、レム睡眠が終わって40分ほどたったところで参加者を起こし、60分間眠らせずにおいてから、もう一度眠ってもらいます。すると、再び眠りに入った直後に、いきなりレム睡眠が始まることが多くなりました。ふつうレム睡眠は深い眠りのあとに来ますが、この方法では、寝入りばなにレム睡眠が来るケースが71.9%にのぼりました。そしてこの実験のなかで、6回の金縛りを起こすことに成功したのです。6回のうち5回は、この寝入りばなのレム睡眠から起きていました。
これで、金縛りがなぜ起きやすい時があるのかが見えてきます。寝入ってすぐにレム睡眠が来ると、意識がまだ半分起きているうちに、体の脱力だけが始まってしまうのです。夕方に長く昼寝をする、テレビをつけたまま寝落ちする、夜ふかしや徹夜が続く。こうした不規則な眠り方は、寝入りばなのレム睡眠を呼び込みやすく、金縛りの引き金になると考えられています。

怖さは文化で変わる、そして遭ったときにできること
同じ金縛りでも、どれだけ怖いかは、その人が何を信じているかで大きく変わります。ケンブリッジ大学などで研究するバランド・ジャラールさんは、エジプトとデンマークの人々を比べました。エジプトではデンマークのほぼ2倍の割合で金縛りが報告され、体験した人の半数以上が「命にかかわるものだ」と考えていました。一方、デンマークで死ぬかもしれないと恐れた人は、17%ほどにとどまりました。怖いと思うほど、体験はつらく長くなりやすいのです。
そこでジャラールさんたちは、2020年に「瞑想とリラックスの療法」を試しています。対象は、金縛りに悩むナルコレプシーの患者10人でした。方法は4つの段階からなります。よくある無害な現象だと捉え直す、怖がる理由はないと言い聞かせる、心が落ち着くものに意識を向ける、そして体を動かそうとせずに力を抜く、という流れです。この療法を続けた6人では、金縛りが起きた日数が半分に、回数は54%減りました。ただし人数がとても少ない試験なので、効果を確かめるにはもっと大きな研究が必要です。
日ごろの予防は、寝る時間と起きる時間をそろえる、寝不足を続けない、寝る前のお酒やカフェインを控える、といったシンプルなものです。仰向けで寝ているときに起きやすいという報告もあるので、横向きで寝るのも一つの手です。もし金縛りが頻繁に起きる、昼間に耐えられないほどの眠気がある、笑ったり驚いたりしたときに急に体の力が抜ける、といったことがあれば、ナルコレプシーなどの病気が隠れていることもあるので、睡眠の専門医に相談してください。
まとめ
金縛りは、レム睡眠の脱力が続いたまま意識だけが目を覚ました状態で、日本の大学生では4割以上、世界の一般の人でも1割近くが一生に一度は経験します。胸の上の重さや部屋の気配は、夢と脳の警報が作る幻覚で、世界各地の魔物は、同じ体験に別の名前がついたものだと考えられています。次に金縛りに遭ったら、これは脳の安全装置が少し遅れて外れているだけだと思い出して、ゆっくり力を抜いてみてください。胸の上の「誰か」は、たいてい数分で消えていきます。
出典・参考情報
- [A] Sharpless BA, Barber JP「Lifetime Prevalence Rates of Sleep Paralysis: A Systematic Review」Sleep Medicine Reviews(2011年)
- [A] Sharpless BA「A clinician's guide to recurrent isolated sleep paralysis」Neuropsychiatric Disease and Treatment(2016年)
- [A] Takeuchi T, Miyasita A, Sasaki Y, Inugami M, Fukuda K「Isolated sleep paralysis elicited by sleep interruption」Sleep 15(3)(1992年)
- [A] Fukuda K「Preliminary Study on Kanashibari Phenomenon: A Polygraphic Approach」生理心理学と精神生理学 7(2)(1989年)
- [A] Fukuda K ほか「High prevalence of isolated sleep paralysis: kanashibari phenomenon in Japan」Sleep(1987年)
- [A] Cheyne JA, Girard TA「The body unbound: Vestibular-motor hallucinations and out-of-body experiences」Cortex 45(2009年)
- [A] Brooks PL, Peever JH「Identification of the transmitter and receptor mechanisms responsible for REM sleep paralysis」The Journal of Neuroscience(2012年7月)
- [A] Jalal B ほか「Meditation-Relaxation (MR Therapy) for Sleep Paralysis: A Pilot Study in Patients With Narcolepsy」Frontiers in Neurology(2020年8月)
- [B] University of Cambridge「Meditation-relaxation therapy may offer escape from the terror of sleep paralysis」(2020年8月12日)
- [B] Scientific American(Baland Jalal)「Sleep Paralysis and the Monsters Inside Your Mind」
- [B] Hufford DJ『The Terror That Comes in the Night: An Experience-Centered Study of Supernatural Assault Traditions』University of Pennsylvania Press(1982年)
- [B] ScienceDaily「Brain chemicals that cause sleep paralysis discovered」(2012年7月)
- [B] 福田一彦『「金縛り」の謎を解く 悪夢・幽体離脱・宇宙人による誘拐』PHP研究所(2014年)
- [B] Detroit Institute of Arts 所蔵 Henry Fuseli「The Nightmare」(1781年)
信頼度 A=一次/公的、B=定評メディア・専門書、C=個人発信。事実・証言・諸説を区別して記載。






