1981年、アメリカ・オレゴン州ポートランドの片隅にあるゲームセンターに、ある日ぽつんと、真っ黒な一台のアーケード筐体が置かれた。名前はポリビウス(Polybius)。抽象的で幾何学的な、見たこともない映像が流れるそのゲームは、恐ろしく中毒性が高かった。プレイした子どもたちは、やがて記憶を失い、悪夢にうなされ、けいれん発作を起こし、中には二度と姿を見せなくなった者もいた――。そして数週間後、黒服の男たちが現れて筐体からデータを回収し、機械はすべて跡形もなく消えた。今日お届けするのは、ゲーム史上もっとも有名な都市伝説「ポリビウス」。結論から言ってしまえば、このゲームは、おそらく最初から存在しなかった。それでも世界中の人がその存在を「覚えている」。あっても無くても人生に影響しない、極上のムダ知識を、順を追ってインストールしていこう。

黒い筐体の伝説
まず、語り継がれている伝説そのものを確認しておこう。舞台は1981年、アーケードゲームの黄金時代のポートランド郊外。ゲームセンターに突然現れたポリビウスは、シンプルな黒い箱型の筐体だったとされる。プレイした人々の証言は、なぜかそれぞれ食い違っていて、中身がどんなゲームだったのかは一致しない。ただ共通しているのは、「異常なほど中毒性があった」という点だ。子どもたちは筐体の前に列を作り、順番を奪い合い、体調を崩しながらもプレイをやめられなかったという。そして伝説がゾクッとするのはここからだ。この機械は、ときどき黒いスーツの「メン・イン・ブラック」に訪れられていた。彼らは筐体から何かのデータを回収していくのだが、不思議なことに、中に入っている売上のコインには一切手をつけなかった。つまり狙いは金ではなく、プレイヤーそのものだった。ポリビウスは商品ではなく、人間の反応を測定するための実験装置だったのではないか――そんな噂まで生まれた。中には、CIAが実際に行った悪名高い洗脳実験「MKウルトラ」と結びつける説まであった。そして数週間後、プレイヤーの何人かは正気を失い、命を絶った者もいて、筐体は忽然と消え去った。これが、いま世界中で共有されている「ポリビウス」の物語だ。

最初の記録が生まれた日
では、この話はどこから来たのか。ここからは冷静に、記録をたどっていく。まず押さえておきたい大前提がある。1980年代の新聞にも、ゲーム雑誌にも、ポリビウスの名前は一切登場しない。実在したとされる時代の資料が、ゼロなのだ。確認できるもっとも古いオンライン上の記録は、クラシックアーケードゲームのデータベース「coinop.org」に投稿された一件で、その時期はおよそ2000年前後。タイトル画面とされる画像が添えられていたが、「新規追加――誰かこのゲームを知らないか?」という一文が残っている。つまり最初から、投稿者自身が確証を持っていなかった。研究者が調べると、この投稿はもともと表示されていた1998年という日付すら後から作られた疑いがあるという。印刷物での最古の言及は、さらに遅い2003年9月号のゲーム雑誌『GamePro』。そこでも記事は、ポリビウスの実在を「結論は出ない」と扱っていた。しかも執筆者は、coinop.orgの運営者から連絡を受けて初めてこの伝説を知ったのだという。ゲームメディア『Inverse』は一連の時系列を検証し、ポリビウスは「coinop.orgを宣伝するために、ほぼ間違いなく創作された」と結論づけている。発売元とされる「ジンネスレッシェン(Sinneslöschen)」という会社も、どこにも記録がない。懐疑的検証で知られる作家ブライアン・ダニングによれば、この単語はドイツ語として少しぎこちなく、「感覚を消す」といった意味合いに読めるという。ゲームのROMデータも、本物の筐体も、ただの一つも出てきていない。

伝説の核にあった実際の事件
ここまで聞くと、まったくのデタラメに思えるかもしれない。ところが面白いのは、この作り話の「核」には、いくつかの本当にあった出来事が埋まっている点だ。時は1981年、まさに舞台とされたポートランド。この年、実際に同じ日に、あるゲームセンターで二人のプレイヤーが体調を崩している。十代の少年マイケル・ロペスは、アーケードゲーム『テンペスト』をプレイした後にひどい片頭痛に襲われ、店を出たあと他人の家の庭で意識を失って倒れているのを発見された。さらに同じ店では、『アステロイズ』の世界記録に挑もうとした別の少年が、28時間ぶっ通しでプレイし、腹痛を起こしている。そして、この出来事のわずか10日後――FBIがポートランド一帯のゲームセンターを一斉に摘発した。狙いは超常現象などではなく、アーケード筐体を違法な賭博マシンに改造していた業者の摘発だ。この過程でFBIの捜査員は、証拠のために筐体を監視し、ハイスコアの記録を控えていた。1981年だけでポートランドでは52件の逮捕があったという。真っ黒なスーツの捜査員が、ゲーム機を見張り、何かを書き留めている。伝説の「メン・イン・ブラック」の正体は、これだったのではないか。さらに翌1982年、イリノイ州でひとりの18歳が『バーサーク』というゲームをプレイ中に亡くなっている。死因は心臓疾患でゲームとは無関係だったが、これが「呪われたアーケードゲーム」という噂に火をつけた。バラバラだった現実の断片が、時を経て一つの怪談へと縫い合わされていったわけだ。

なぜ人々は信じたのか
では、なぜこんな荒唐無稽な話が、これほど広く信じられたのか。鍵は、1980年代という時代そのものが抱えていた不安にある。当時、テレビゲームは登場したばかりの得体の知れない娯楽で、多くの大人が「子どもに悪影響があるのでは」と本気で心配していた。1980年にはニューヨーク・タイムズがゲームの中毒性を論じ、全米安全評議会は「ビデオゲームは暴力を助長する」と主張した。実際、1980年代には点滅する画面が引き金となっててんかん発作を起こした事例が9件記録されている。ゲームは「なんだか体に悪そうな、危険なもの」というイメージをまとっていた。そこへ、いくつかの本当の話が拍車をかける。当時の大手メーカー、アタリは、未完成のゲームをこっそり本物のゲームセンターに設置し、客の反応をひそかに観察するフィールドテストを行っていた。競合他社に模倣されないよう、この正体は誰にも明かされなかった。人知れず現れて、人知れず消えるゲーム機。まさに伝説の下敷きだ。さらにアメリカ軍は、アタリの戦車ゲーム『バトルゾーン』を改造して兵士の訓練用シミュレーターに転用しており、この一件は1981年に新聞でも報じられていた。ゲームが軍事や政府とつながっているという発想は、決して突飛な妄想ではなく、現実に根っこを持っていた。だからこそ人々は、「政府が子どもを実験台にするゲームを作った」という話を、どこかで「ありえるかもしれない」と受け止めてしまったのだ。

「本物のポリビウス」候補たち
「いや、自分は確かにあのゲームをプレイした記憶がある」――そう主張する人も少なくない。実はこれにも、いくつかの説明が用意されている。研究者たちは、人々が「ポリビウス」だと思い込んでいるのは、当時実在した別の風変わりなゲームの記憶ではないか、と指摘する。有力候補の一つが、1983年のアーケードゲーム『キューブクエスト』。レーザーディスク技術を使った幻覚的な映像の中を飛び回るゲームで、その先進的な映像ゆえに故障が多く、早々にゲームセンターから撤去された。「奇妙で、すぐ消えたゲーム」という条件にぴたりと当てはまる。もう一つが、東ドイツで唯一作られたアーケードゲーム『ポリプレイ(Poly-Play)』。名前も書体もポリビウスによく似ている。さらに、悪夢から着想されたという抽象的で幾何学的なゲーム『テンペスト』を影響源に挙げる学者もいる。加えて興味深いのが、「昔インターネットの掲示板でポリビウスの話を見た」という記憶だ。調べると、そんな古い投稿はどこにも残っていない。一方で、ロックバンド、ピンク・フロイドの1994年のアルバムにまつわる未解決の謎かけ「パブリウス・エニグマ」は、その頃の掲示板で確かに話題になっていた。名前がよく似たこの二つが、人々の記憶の中で混ざり合った――つまり、多くの「ポリビウスの記憶」は、後から作られた偽りの記憶(false memory)である可能性が高い、というわけだ。

語り継がれる理由と、名前の皮肉
真相が「存在しないゲーム」だとしても、ポリビウスは消えるどころか、ポップカルチャーの世界で確固たる地位を築いてしまった。人気バンド、ナイン・インチ・ネイルズのミュージックビデオに主役級で登場し、『ザ・シンプソンズ』や、ドラマ『ロキ』にもカメオ出演。とりわけ『ロキ』での登場は、現実の陰謀論をさりげなく引用した演出として大きな話題を呼んだ。2007年と2017年には、この伝説にちなんだ「ポリビウス」という名のゲームが実際に発売されている。2017年版を手がけたゲームクリエイター、ジェフ・ミンターは、当初「自分は昔イギリスで本物のポリビウスをプレイした」と語っていたが、後にそれ自体が「デマへの自分なりの加担だった」と告白した。作り話に、作り話を重ねて楽しむ。ポリビウスとは、そういう遊びなのだ。最後に、ゾクッとする小ネタを一つ。このゲームの名前は、古代ギリシャの歴史家ポリュビオスに由来している。彼が歴史家として何より重んじたのは、「目撃者に直接確かめられないことは、決して記録として報告してはならない」という原則だった。検証できないものは書くな、と説いた人物の名を冠した伝説が、何一つ検証できないまま世界中に広まった。皮肉としては、これ以上ないできすぎたオチだろう。改めて整理すれば、確かな事実として残るのは、1981年のポートランドで実際に体調を崩したプレイヤーがいたこと、FBIが違法賭博マシンを摘発したこと、アタリの秘密テストや軍のゲーム転用が実在したこと。そして、それらとは裏腹に、ポリビウスという筐体もROMも発売元も、決定的な証拠は何一つ存在しないこと。おそらくこれは、時代の不安と、いくつかの現実の断片と、掲示板を宣伝したい誰かの創作が絡み合って生まれた、よくできた作り話だ。けれど、たとえ嘘だとわかっても、この物語が持つ不気味な魅力は少しも色あせない。存在しないはずのゲームを、世界中の人が確かに覚えている。それこそが、ポリビウス最大の怪異なのかもしれない。今日も一つ、ムダな知識を、あなたの脳の墓場に。
出典・参考情報
- [A] Brian Dunning「Skeptoid #362: Polybius: Video Game of Death」(2013年/伝説の起源と現実の出来事の検証)
- [A] The Register-Guard「Tummy Derails Asteroids Champ」(1981年11月29日/28時間プレイの少年の体調不良)
- [B] Wikipedia「Polybius (urban legend)」(初出の時系列・Sinneslöschen・FBI摘発52件など事実関係の集約)
- [B] Ryan Houlihan「'Polybius' is Real」Inverse(2020年/coinop.org宣伝説・偽の記憶とPublius Enigmaの混同)
- [B] Finn J.D. John「Story of Sinister Videogame Almost Certainly a Myth」Offbeat Oregon History(2017年)
- [B] Portland Monthly「Polybius: The Most Dangerous Arcade Game in the World」(2017年/MKウルトラ連想・地元史)
- [C] coinop.org 掲示板アーカイブ(2000年前後の最古の投稿・Steven Roachを名乗る書き込み)
信頼度 A=一次/公的、B=定評メディア・専門書、C=個人発信。事実・証言・諸説を区別して記載。本記事は都市伝説の検証であり、超常現象や陰謀の実在を主張するものではありません。






