夜明け前の東の空、あるいは日が沈んだ直後の西の空に、ひときわ明るく光る星がある。金星だ。月をのぞけば夜空でいちばん明るい天体で、明るさはマイナス4.8等に達する。大きさも重さも地球とほとんど同じで、太陽系でいちばん地球の近くまで来る惑星でもある。だから昔から「地球の双子」と呼ばれてきた。ところが、その分厚い雲の下は、鉛が溶けるほどの熱と、深い海の底のような圧力に閉ざされた世界だった。しかも自転は逆向きで、1日が1年より長い。ちょうど今月、2026年10月24日に、金星は地球と太陽のあいだを通り過ぎ、夕方の空から明け方の空へと移っていく。地球になりそこねた隣の星について、あっても無くても人生に影響しない、極上のムダ知識をインストールしていこう。

夜空でいちばん明るい星は、UFOと呼ばれてきた
金星は地球より内側を回っているので、空の上では太陽から大きく離れることができない。いちばん離れても40数度で、2026年は8月15日の45.9度が最大だった。だから金星が見えるのは、日没後の西の空か、日の出前の東の空に限られる。日本では夕方に見えるものを「宵の明星」、明け方に見えるものを「明けの明星」と呼んできた。古代ギリシャでは、この二つは長いあいだ別々の星だと考えられ、夕方の星はヘスペロス、明け方の星はフォスフォロスという名前で呼ばれていた。
金星は、天文学の歴史を一度ひっくり返したこともある。1610年、ガリレオ・ガリレイは手製の望遠鏡で金星を観察し続け、この星が月のように満ち欠けし、見かけの大きさまで変わることに気づいた。地球を中心に太陽や惑星が回っているという当時の常識では、この満ち欠けはうまく説明できない。金星が太陽のまわりを回っていると考えれば、すっきり説明がつく。
明るすぎるがゆえの困りごともある。UFOと見間違えられやすいのだ。有名なのが、のちにアメリカ大統領になるジミー・カーターの目撃談である。1969年1月6日の夕方、ジョージア州リアリーで、カーターは空に浮かぶ明るい光を見たと話し、1973年9月18日に民間の団体へ報告書を出した。懐疑派の研究者ロバート・シェーファーは、その時間と方角に明るい金星が出ていたことから、金星の見間違いだと結論している。一方で2016年には、フロリダの空軍基地の実験で上空に放出されたバリウムの雲だったという別の説も出された。どちらの説でも、宇宙人の乗り物だったという証拠は見つかっていない。

地球の双子は、地表が464度だった
数字だけを並べると、金星はたしかに地球の双子に見える。直径は約1万2,104キロで地球の0.95倍、質量は0.815倍、地表の重力も地球の9割ほどある。
ところが中身は、まるで違う。大気の96.5パーセントは二酸化炭素で、残りの3.5パーセントがほぼ窒素。その大気が信じられないほど分厚く、地表の気圧は92バール、地球のおよそ90倍もある。これは地球の海に潜って、深さ900メートルあたりで受ける水圧に近い。空には硫酸の粒でできた雲が何層にも重なり、惑星全体をすっぽりと包んでいる。
そして地表の平均気温は464度に達する。鉛が溶ける温度よりも130度以上高い。驚くのは、太陽にもっと近い水星よりも熱いことだ。水星は昼の側こそ400度を超えるが、空気がほとんど無いので、夜の側はマイナス180度まで冷え込む。金星は、昼も夜も、赤道も極も、ほとんど同じ温度に保たれている。
原因は「暴走温室効果」と呼ばれる現象だ。金星の雲は、届いた太陽の光の多くをはね返してしまう。それでも地表に届いたわずかな熱は、分厚い二酸化炭素の大気に閉じ込められ、宇宙へ逃げていけない。熱がたまるほど、さらに逃げにくくなる。その果てが、いまの金星だと考えられている。

1日が1年より長く、太陽は西からのぼる
金星のおかしさは、熱さだけではない。この惑星は、ほかの多くの惑星とは逆向きに、しかもとても遅く自転している。1回まわるのにかかる時間は、およそ243日。太陽のまわりを1周する公転は約225日なので、金星では自転の1回のほうが、1年より長いことになる。
ただし、自転と公転の向きが逆なので、地面に立って見える「太陽がのぼってから次にのぼるまで」の長さは、約117日になる。そのあいだ太陽は、西からのぼって、東へ沈んでいく。もっとも、分厚い雲にさえぎられて、地表から太陽そのものが見えることはない。なぜ逆向きに回っているのかについては、大昔に巨大な天体がぶつかったという説や、太陽の重力と分厚い大気が長い時間をかけて回転を変えたという説などがあり、まだ決着していない。
地面はこれほどゆっくり回っているのに、上空の大気は猛スピードで吹き抜けている。雲の高さでは秒速100メートル、自転の速さのおよそ60倍の風が、星全体を4日ほどで一周している。これが「スーパーローテーション」と呼ばれる現象である。
この謎に挑んだのが、日本の金星探査機「あかつき」だった。2010年5月に打ち上げられたものの、同じ年の12月、金星の周回軌道に入るためのエンジン噴射に失敗する。メインのエンジンが壊れたのだ。ところが運用チームはあきらめず、本来は姿勢を整えるための小さなエンジンだけを使って、5年後の2015年12月7日に、軌道への投入をやり直して成功させた。あかつきは、昼に温められ夜に冷やされる大気の揺れ「熱潮汐波」が、超高速の風を支えていることを突き止めた。南北1万キロにおよぶ巨大な弓の形の模様も見つけている。2024年4月に通信が途絶え、2025年9月に運用を終えた。

地表に降りた機械は、2時間で黙った
金星の地表がどんなところなのかを、実際に確かめに行ったのは、旧ソ連のベネラ計画である。最初の数機は地表に着く前に押しつぶされ、1970年のベネラ7号が、ほかの惑星の地表から初めてデータを送ってきた。
なかでも記録に残っているのが、ベネラ13号だ。1982年3月1日に金星の地表へ降り立ったこの着陸機は、もともと32分ほど持てばよいという設計だった。ところが実際には、少なくとも127分間、地表から電波を送り続けた。測られた気温は457度、気圧は89気圧。そのなかで、金星の地表を写した初めてのカラー写真を撮り、ドリルで土を削り取って成分を調べ、地球の玄武岩に近い岩だと分かった。さらに搭載していたマイクが、風の音と機械の作動音をとらえている。地球以外の惑星で、初めて録音された音だった。
1985年のベガ計画を最後に、金星の地表に降りた探査機は一つもない。40年あまりのあいだ、金星の地面に触れたのは、2時間ほどで力尽きた機械たちだけなのだ。

海はあったのか、火山はいまも生きているのか
金星は、昔から地獄だったのだろうか。2016年、NASAゴダード宇宙科学研究所のマイケル・ウェイらは、気候のシミュレーションをもとに、若いころの金星には浅い海があり、生き物が住める環境だったかもしれないと発表した。
ところが2024年12月、ケンブリッジ大学のテレザ・コンスタンティヌーらは、学術誌『ネイチャー・アストロノミー』に反対の結果を載せた。いまの大気の成分が保たれるには、火山から出るガスがどれくらい必要かを計算したところ、そのガスに含まれる水は多くても6パーセントにとどまった。金星の内部はひどく乾いており、海があった時代はおそらく一度もない、というのが結論だった。海があったかどうかは、いまも意見が分かれている。
もう一つの論点が火山だ。金星の地表には、地球のようなプレートの動きが見られない代わりに、無数の火山が散らばっている。2023年3月、ロバート・ヘリックとスコット・ヘンズリーは、NASAの探査機マゼランが1991年に撮ったレーダー画像を見直し、マート山の火口が、8か月ほどのあいだに約2.2平方キロから約4平方キロへ広がり、形も変わっていたと『サイエンス』に発表した。2024年5月には、イタリアのダヴィデ・スルカネーゼらが、シフ山とニオベ平原で、新しく流れ出た溶岩の跡を見つけたと報告している。金星は止まった星ではなく、いまも地面が動いている可能性が高い。

雲の中に生き物はいるのか、そして2030年代の探査
2020年9月14日、カーディフ大学のジェーン・グリーブスらの発表が、世界を騒がせた。ハワイと南米チリの望遠鏡で、金星の雲から「ホスフィン」という気体が見つかったというのだ。地球では、酸素の少ない場所に住む微生物などが作る気体で、濃さは20ppbと発表された。地表から50〜60キロ上空の雲の中は、気温も気圧も地球の地表に近い。
ただし、この話には続きがある。チリの望遠鏡のデータに処理の誤りが見つかり、同じチームが計算をやり直すと、濃さは平均で1ppbほどに下がった。ほかのチームからは、そもそもホスフィンは見えていない、という分析も出ている。雲に生き物がいるかどうかは、証拠が足りないまま議論が続いている状態だ。
答えを出すために、新しい探査機の準備が進んでいる。NASAの「ダビンチ」は2030年12月の打ち上げを目指し、2033年1月に大気の中へ観測機を降ろして、ガスの成分を直接測る計画だ。地表をレーダーで詳しく調べる「ベリタス」、ヨーロッパ宇宙機関の「エンビジョン」も控えている。ただ、NASAの惑星科学の予算は前の年より2億ドル減っており、担当者は2026年3月、三つの計画すべてを進めるのは難しいと語っている。
まとめ
金星は、大きさも重さも地球によく似た、いちばん近い隣の惑星だ。それなのに地表は464度、気圧は地球の90倍、空には硫酸の雲が広がり、1日は1年より長い。初めから乾いた星だったのか、それとも途中までは海のある星だったのか。その答えしだいで、地球と金星の運命を分けたものが見えてくる。今月24日に地球と太陽のあいだを通り過ぎる金星は、11月の下旬、明け方の東の空でいちばん明るく輝く。早起きした朝に見上げたら、その光の下に、地球になれなかった世界が広がっていることを思い出してほしい。
出典・参考情報
- [A] NASA ゴダード宇宙飛行センター NSSDC「Venus Fact Sheet」
- [A] Herrick, R. R. & Hensley, S.「Surface changes observed on a Venusian volcano during the Magellan mission」Science(2023年3月15日)
- [A] Sulcanese, D. ほか「Evidence of ongoing volcanic activity on Venus revealed by Magellan radar」Nature Astronomy(2024年5月)
- [A] Constantinou, T., Shorttle, O. & Rimmer, P. B.「A dry Venusian interior constrained by atmospheric chemistry」Nature Astronomy(2024年12月)/ケンブリッジ大学 発表
- [A] Greaves, J. S. ほか「Phosphine gas in the cloud decks of Venus」Nature Astronomy(2020年9月14日)と同チームの再解析(2020年11月)
- [A] Way, M. J. ほか「Was Venus the first habitable world of our solar system?」Geophysical Research Letters(2016年)
- [B] 科学技術振興機構 サイエンスポータル「金星探査機あかつき」関連記事(2026年2月25日)
- [B] Space.com「NASA's ambitious 'decade of Venus' exploration may bank on 1 probe」(2026年3月27日)
- [B] Science News「A volcano on Venus was spotted erupting in decades-old images」(2023年3月)
- [B] Astronomy「Prospects for life on Venus take hit in phosphine reanalysis」(2020年11月)
- [C] obliquity.com「Venus 2026 apparition」(内合・最大離角の日付の確認用)
- [C] Wikipedia「Venera 13」「Jimmy Carter UFO incident」(確認用)
信頼度 A=一次/公的、B=定評メディア・専門書、C=個人発信。事実・証言・諸説を区別して記載。





