1982年に出版されたアーサー・C・クラークのSF小説『2010年宇宙の旅』には、人類に向けた奇妙な警告が出てきます。エウロパ以外の世界はすべてあなたたちのものだが、エウロパにだけは降りようとするな、というものです。物語の中で立ち入りを禁じられたこの星は、木星を回る衛星の一つです。表面は白い氷に覆われ、その下には、地球の海を全部合わせたより多い水があると考えられています。2024年に打ち上げられたNASAの探査機は、いまその星へ向かっている途中です。氷の月の正体と、その海に生き物はいるのかという問いの現在地を、順にたどります。あっても無くても人生に影響しない、極上のムダ知識をインストールしていこう。

1610年、ガリレオが見つけた「木星の4つの星」
1610年1月、イタリアのガリレオ・ガリレイは、自作の望遠鏡を木星に向け、すぐそばに並ぶ小さな光の点に気づきました。夜ごとに位置を変えるその光は、木星の周りを回る4つの衛星でした。いまではガリレオ衛星と呼ばれ、内側からイオ、エウロパ、ガニメデ、カリストと並びます。エウロパの名前は、ギリシャ神話で神ゼウスに見そめられ、白い牡牛に連れ去られた王女エウロペに由来します。ヨーロッパという地名の語源とされる人物でもあります。
エウロパの直径はおよそ3100キロで、地球の月よりひと回り小さい星です。木星の周りを約3日半で一周し、いつも同じ面を木星に向けています。表面の温度は、赤道付近でもマイナス160度ほど、極ではマイナス220度ほどまで下がります。
では、なぜこんな凍えた星に液体の海があると考えられているのでしょうか。鍵は、隣り合う衛星との関係です。イオが4周するあいだにエウロパは2周、ガニメデは1周するという、きれいな整数の比で動いています。この「軌道共鳴」のせいでエウロパの軌道は真円にならず、木星に近づいたり離れたりするたびに、星全体が潮の満ち引きのように伸び縮みします。そのときに生まれる熱が、氷の下の水を凍らせずにおいていると考えられています。

ひび割れた氷の下に「海」がある――探査機ガリレオの証拠
エウロパの表面を初めて近くから写したのは、1979年に木星のそばを通ったボイジャー1号と2号です。写真には、白い氷の上を何千キロにもわたって走る赤茶色の筋が、無数に写っていました。山もクレーターもほとんどなく、太陽系でもっともなめらかな星の一つとされます。クレーターが少ないのは、表面が新しく作り直され続けているからだと考えられています。
決め手になる手がかりを持ち帰ったのは、1995年から木星を回ったNASAの探査機ガリレオでした。カリフォルニア大学ロサンゼルス校のマーガレット・キベルソンらは、エウロパのそばで測った磁場に注目しました。木星の強い磁場の向きが変わると、エウロパの周りの磁場も、それに合わせて向きを変えていたのです。これは、氷の下に電気を通す層、つまり塩を含んだ水の層があると考えると最もうまく説明できました。チームは2000年8月、科学誌サイエンスでこの結果を発表します。
いまでは、氷の下の海の深さは60キロから150キロほどと見積もられ、NASAはその水の量を地球の海のおよそ2倍としています。表面には、氷の板が割れてずれ動き、また固まったような「カオス地形」と呼ばれる場所もあり、下から温かい水が上がってきた跡ではないかと考えられています。
ガリレオ探査機の最期にも、この海が関わっています。燃料が尽きかけた2003年9月21日、NASAは探査機をわざと木星の大気へ突入させました。制御を失った探査機が、地球の細菌を乗せたままエウロパに落ち、海を汚してしまうことを避けるためでした。

黄色い染みは「食塩」だった――氷の上で見つかった海の手がかり
海があるなら、その中身はどんなものなのでしょうか。手がかりは表面にありました。エウロパの氷には、ところどころ黄色や茶色の染みがあります。2019年6月、カリフォルニア工科大学のサマンサ・トランボらは、ハッブル宇宙望遠鏡の観測と実験室での再現から、その黄色の一部が塩化ナトリウム、つまり食塩によるものだと発表しました。食塩は強い放射線を浴び続けると黄色く変わるのです。地球の海とよく似た塩水が、下から表面に出てきている可能性が見えてきました。
2023年9月には、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が、同じタラ・レギオという若い地形に二酸化炭素が集まっているのを見つけます。NASAゴダード宇宙飛行センターのジェロニモ・ビラヌエバらと、トランボらによる2本の論文によれば、この炭素は隕石などで外から運ばれたものではなく、海の中から来た可能性が高いといいます。炭素は、地球の生き物の体を作る基本の元素です。
2024年3月には、木星を回るNASAの探査機ジュノーの観測から、エウロパの氷で生まれる酸素の量が初めて直接見積もられました。プリンストン大学のジェイミー・サライらによると、木星の放射線が氷を水素と酸素に分け、その量は1秒あたりおよそ12キロ。1日に直すと1000トンほどになります。この酸素の一部が氷の中を伝って海に届けば、生き物のエネルギー源になりうると考えられています。

宇宙へ噴き上がる水柱は、本当にあるのか
エウロパをさらに有名にしたのが、氷の割れ目から水蒸気が宇宙へ噴き上がっているという報告です。土星の衛星エンケラドゥスでは、探査機カッシーニが南極から噴き出す水柱をはっきり写しています。エウロパでも同じことが起きていれば、着陸しなくても、噴き出した水の中を通り抜けるだけで海の中身を調べられるかもしれません。
最初に名乗りを上げたのは、ハッブル宇宙望遠鏡の紫外線の観測から、水素と酸素の光を見つけたというローレンツ・ロートやカート・レザフォードらのチームで、2013年の暮れのことでした。2016年には、別のチームも水柱らしき影を報告しています。
ところが2026年5月、そのロートとレザフォードらが、ハッブルの14年分の観測をあらためて見直した結果を、専門誌アストロノミー・アンド・アストロフィジックスに発表しました。画像の中でエウロパの位置がわずか1、2画素ずれるだけで、見え方が変わってしまうことなどを考え直すと、確からしさは99.9パーセントから90パーセントを下回るところまで下がったといいます。ロートは、かつての主張を支えるには証拠が足りないと認めました。2023年のウェッブの観測でも、水柱は見つかっていません。ただし、水柱が時々しか出ない可能性もあり、「無い」と決まったわけではありません。

氷の厚さは29キロ、海底は静か?――2025〜2026年の新しい数字
海に生き物がいるかどうかを考えるうえで、大きな問題が二つあります。一つは、氷がどれほど厚いかです。これまでの見積もりは、1キロに満たないという説から数十キロという説まで、大きく割れていました。
2025年12月、ジュノーのチームが科学誌ネイチャー・アストロノミーで答えの一つを出しました。2022年9月29日、ジュノーはエウロパの上空およそ360キロを通り、マイクロ波で氷の中の温度を深さごとに測りました。その結果、冷たく固い氷の層は、平均でおよそ29キロの厚さと見積もられました。氷の中にある割れ目やすき間は大きくても10センチほどで、深さも数百メートルまでしか届いていないようです。つまり、表面で生まれた酸素が海まで届く道のりは、思っていたより長いことになります。氷に塩が混じっていれば、この数字は5キロほど薄くなるとも説明されています。
もう一つは、海の底が活発かどうかです。地球では、海底の熱水が噴き出す場所に、太陽の光に頼らない生き物が集まっています。ところが2026年2月、ワシントン大学セントルイスのポール・バーンらは、科学誌ネイチャー・コミュニケーションズで、エウロパの海底はいまはかなり静かだろうという計算を発表しました。星が小さく、内部の熱の多くはとうに逃げてしまい、潮の力も岩を割るには弱すぎるというのです。ただしこれはコンピューターの計算で、直接確かめたものではありません。海があることそのものは揺らいでおらず、問われているのは、生き物が暮らせるだけのエネルギーがあるかどうかです。

2030年、探査機クリッパーが届ける「瓶の中の手紙」
この問いに答えるため、NASAは2024年10月14日、探査機エウロパ・クリッパーを打ち上げました。NASAが惑星探査のために作った中で最大の探査機で、太陽電池パネルを広げると端から端まで約30メートルになります。2025年3月1日には火星のそばを通って勢いをつけ、2026年12月3日には地球のそばを通る予定です。木星に着くのは2030年4月。そこからエウロパの近くを49回通り、近いときは上空わずか25キロまで迫ります。9つの観測装置で、氷の厚さ、海の塩の濃さ、表面の成分、噴き出す物質の有無を調べます。強い放射線から電子機器を守るため、機器は金属の箱の中に収められています。ただし、クリッパーは生き物そのものを探す探査機ではありません。生き物が暮らせる条件があるかどうかを確かめるのが目的です。
この探査機には、手紙も積まれています。アメリカの桂冠詩人エイダ・リモンがエウロパに向けて書いた詩が、本人の手書きのまま金属の板に刻まれ、世界の103の言語で書いた「水」という言葉と、260万人を超える人々の名前もいっしょに乗っています。
ヨーロッパ宇宙機関も、2023年4月14日に探査機ジュースを打ち上げました。2026年9月28日には地球のそばを通って速度を秒速3.5キロ上げ、2031年7月に木星に着く予定です。2032年には2回エウロパのそばを通り、2034年にはガニメデを回る軌道に入ります。クラークの物語は着陸を禁じましたが、現実の人類は、まず上空を何十回も通り過ぎ、海の手がかりを外から確かめるところから始めようとしています。
まとめ
エウロパは、1610年にガリレオが見つけた木星の衛星で、白い氷の下に、地球の海のおよそ2倍の水をたたえた海があると考えられています。表面の食塩や二酸化炭素は、その海の中身を伝える手がかりです。一方で、水柱の報告は2026年の見直しで確からしさが下がり、氷の厚さは約29キロ、海底は静かだという計算も出ました。答えを確かめに行く探査機クリッパーは2030年に、ジュースは2031年に木星に着きます。
出典・参考情報
- [A] NASA/JPL「NASA's Juno Measures Thickness of Europa's Ice Shell」(2026年1月27日・Nature Astronomy 2025年12月17日掲載の論文の発表)
- [A] Southwest Research Institute「Juno spacecraft measures oxygen production on Jupiter's moon, Europa」(2024年3月5日・Nature Astronomy 掲載の Szalay ほかの論文)
- [A] ESA/Webb「Webb finds carbon source on surface of Jupiter's moon Europa」(2023年9月21日・Science 掲載の Villanueva ほか、Trumbo ほかの2論文)
- [A] NASA/JPL「Galileo Findings Boost Idea of Other-Worldly Ocean」(2000年8月・Science 掲載の Kivelson ほかの論文)
- [A] ESA「Successful Earth flyby improves Juice's course to Jupiter」(2026年9月)
- [A] NASA「Europa Clipper」ミッション資料(打ち上げ 2024年10月14日・木星到着 2030年4月・フライバイ49回)
- [B] Space.com「Scientists thought Jupiter's moon Europa was ejecting water. Now they're not so sure」(2026年5月22日・Astronomy & Astrophysics 掲載の Roth ほかの論文)
- [B] Earth.com「Jupiter moon Europa's vast ocean may lack the energy to support life」(2026年2月9日・Nature Communications 掲載の Byrne ほかの論文)
- [B] Sci.News「Hubble Spots Sodium Chloride on Jupiter's Moon Europa」(2019年6月13日・Science Advances 掲載の Trumbo ほかの論文)
- [B] BBC Sky at Night Magazine「Juice Earth flyby 2026」(2026年9月)
- [B] Universe Today「Galileo Plunges Into Jupiter」(2003年9月)
- [B] アーサー・C・クラーク『2010年宇宙の旅』(1982年)
- [B] Wikipedia「Europa (moon)」「Europa Clipper」(数値・経過の確認)
信頼度 A=一次/公的、B=定評メディア・専門書、C=個人発信。事実・証言・諸説を区別して記載。






